名無しの猫 p.12

 施設を後にしたメリッサとシャムは、下水路の入り口に向かって来た道を戻っていた。


 シャムが先頭を歩き、その後ろから確保した研究員を担いだメリッサが続き、二人はようやく入り口近くまでたどり着いていた。


「……シャム、イルマさんの体は、あのままで良かったの?」


 帰還中はほぼ無言だったシャムに、メリッサはどこか優しい口調で訊ねる。


 すると、シャムはどこか困ったように眉をハの字にしつつも笑顔で返す。


「うん! あのまま運んだら組織に回収されて研究やヴォルフの素材に使われちゃうだろうし。このまま異界と一緒に崩壊した方が乱暴に扱われなくて済むと思う」


 異界は術を解かれると崩壊しつつ、異界が展開される前の状態の現実空間を再生成する。


 存在し得なかった無機物は異界ごと崩壊し、生物は異界から抜け出て現実空間に戻ることができる。


 獣や人間の亡骸も存在し得なかった無機物として崩壊するが、異界から抜け出せる生物と触れておれば、異界から亡骸を持ち帰ることも可能ではある。


 シャムがその手法を取らなかった意向を尊重し、メリッサは「そう」と一言で済ませる。


 既に命を落としていたとはいえ、ついさっき恩人の体に銃弾を叩き込んだのだ。


 今のシャムの心境を考えると、これ以上の言及は控えるべきだと、メリッサは判断する。


「よう、遅かったじゃねぇか」


 入り口に到達すると、突入開始した時と同じ体制でジークが仁王立ちして待ち構えていた。


 その周りにはおびただしいまでの獣の死骸が転がっており、ジークが圧倒的武力でねじ伏せたことが窺える。


 傷一つついていないジークの後ろには、リーエンが壁に背を預け、暇そうにナイフをいじっていた。


「互いにトラブルがあって災難だったな」

「テメェは獣引き連れて早々にサボり散らしてたじゃねぇか」


 眉間に血管を浮かばせ、ジークはリーエンを睨むが、当の本人はどこ吹く風とナイフいじりを続ける。


 鼻息一つ吹き、ジークはシャムに視線を移す。


「……」

「え、え? な、何?」


 ジークの無言の圧に押されたシャムは一歩後退りするが、何かを察した様子のジークは目を閉じ、くるりと背を向ける。


「シャム、テメェは明日休め。任務成功の褒美だ」


 言葉少なくそれだけ言うとジークは任務完了と言いたげにその場を去りはじめる。


「ちょっと、私にはないの? あとこの男担ぐの代わりなさい」


 メリッサは未だ肩に担いでいた研究員をジークに押し付けようとするも、ジークは既に遠くへと歩いてしまっていた。


 リーエンは無言を保ち、何故か時折垣間見せる殺気の籠った視線をジークへ投げ、続いて去っていく。


 『ぷぷー、雑用押し付けれられてやんのー』とすかさず茶化しにくるルーズに純粋な怒りを抱きつつ、メリッサはシャムへ振り返る。


 シャムは溢れそうな涙をこぼすまいと、無理矢理笑顔を作るとメリッサの元へ駆ける。


「私が手伝うよメリッサ!」


 元気に振る舞う彼女の笑顔を見て、メリッサは無意識に自然と小さな笑みを浮かべていた。

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