名無しの猫 p.11
「おいおい、シャムの嬢ちゃんどうなってやがる! 邪術てのは一人一種類しか使えないんじゃないのかよ!」
シャムの戦闘を眺めていたルーズが叫ぶ。
ルーズの驚きは間違っていない。
邪術とは使用者の魂に呼応して発現する効果が決まる。
基本的に一人につき一種類の邪術しか使えないが、術式を編んだ札や道具を使うと、使い捨ての邪術として、メリッサが展開した異界を生成することも出来る。
だが、目の前のシャムは明らかに道具などを一切使用せず、複数の邪術を発動していた。
下水路で使われていた超回復、敵の触手を覆う木の根、そして今しがた放たれた見えない斬撃。
そのどれもが一つの邪術から派生している技とは言い難い。
メリッサは気絶させた男の白衣を使って男の両腕を拘束し、戦闘中のシャムの様子を伺う。
「あれがシャムの邪術、『
渦とは体内に流れるエネルギーであり、メリッサ達が使う邪術を発動する際に使われるだけでなく、身体能力を強化し、超人的な運動能力を発揮させることも可能だ。
渦の積載量は人によって異なるが、シャムは邪術により、獣から抜き取った心臓に詰まれた渦を外付けのバッテリーのように追加で使用することができる。
邪術とは、メリッサの爆炎、ジークの破壊の邪術のように直接的な攻撃に特化したものか、リーエンの邪ノ目のような間接的な支援や応用に特化したものに分かれる。
シャムは明らかにその後者だが、その効力は並のスリンガーを凌ぐ。
見えない斬撃が獣の触手のほとんどを切り飛ばすと、無防備になった獣へとシャムが飛翔する。
「あなたの手で終わらせなさい、シャム」
恩人へ銃口を向ける同僚を、メリッサは静かに見送った。
シャムは無防備となった獣へと一直線に駆ける。
だが、獣はすぐに新しい触手を生やすが、その行動も既に織り込み済みだった。
事前に『
青い球体は宙へ投げられると、獣に届く前に部屋の中央で爆散する。
部屋全体を覆うほどの白い光が放たれ、その光は獣の視界すら白に染め上げた。
「ぎゃああアアアア!」
強烈な光に触手で顔を覆う獣だが、光が炸裂する前に腕で視界を庇っていたシャムには全て見通せていた。
シャムは壁に張り付いた獣の胴体へと飛翔し、飛んだ勢いで空いた左手を獣の首に叩きつける。
施設を揺るがすほどの勢いで獣は壁に押さえつけられると、シャムは渦によって強化された肉体を持って獣の胴体を引き剥がす。
木の根で押さえつけられた触手と繋がっている獣の胴体が、シャムの腕力によって千切られ、獣は痛みで叫ぶがシャムはそれを無視して獣を床へと叩き落とす。
木の根で過半数以上もの触手を抑え付けられ、残りを斬撃で切り飛ばされ、獣はもはや無防備状態だった。
シャムは獣に馬乗りし、身柄を押さえる。
あとは止めを刺せば全てが終わる。
そう思った途端、まだ人間の顔を保った獣の視線が、シャムの目線と重なる。
「わ、わた、し、は…ダレ?」
その一言に、シャムの表情がくしゃりと崩れた。
それを好機と見たのか、木の根から逃れた触手がシャムの背後から襲いくる。
しかし、その触手が届く前に、シャムは銃口を獣の額に当て、引き金を引いた。
銃声が寂しく響き、一瞬にして静寂が訪れた。
「あなたはイルマ。私の、名付け親だよ」
物言わぬ亡骸となった獣、イルマを見下ろし、シャムは瞳に涙を浮かべながらそう溢した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます