名無しの猫 p.6

 迂回し始めてしばらく、メリッサが先頭を歩き続け、シャムはその後ろを歩くが、沈黙が続いていた。


 シャムは先刻の獣の顔が頭から離れずにいた。

 あの顔は、どう見ても――


 嫌な予感を巡らせていると、前を歩くメリッサが「……はぁ」と顔を横に振ってシャムへ肩越しに視線を投げてきた。


「……どうしたのよ、らしくないじゃない」


 一見面倒そうな表情を浮かべるメリッサに、シャムはぽかんと口を開けて呆けた。

 まさか、あのメリッサが気に掛けてくれてる?


「え、と。私?」

「そうよ。さっきは戦闘中に止まるし、今もずっと無言。何かあったの?」

「えーっと……」


 シャムは何度も瞬きし、戸惑いの目でメリッサを向ける。


 それもそうだ、メリッサはこれまで誰に対してもつっけんどんに接し、他者を気遣うなんてほど遠い所にいる人間だ。


 すると、メリッサが手元で握っていたルーズが淡く光る。


『ぎゃははは! そりゃ驚くよなシャムの嬢ちゃん! あの、メリッサちゃんが、他人を、心配?! 考えるだけでもう――』


 茶々を入れ始めたルーズを、メリッサは黙したまま下水路の壁に擦りつける。


 ゴリゴリゴリと嫌な音が奏でられるのと平行して『痛たたたたた! 剥がれる! 塗装剥がれる!』とルーズが叫んだ。


「ぷ、あははは!」


 珍しい対応をするメリッサに、シャムは思わず吹き出してしまった。


「何よ、元気じゃない」


 笑い続けるシャムを、メリッサはジト目で睨み、頬を膨らませる。


「いや、ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃって」


 若干笑いを引きずったまま、シャムは笑い涙を拭く。


 敵地のど真ん中ではあるが、ある程度の手練れである二人は多少の会話をしつつ警戒を怠らない事も可能だ。


 少しばかり逡巡したのち、シャムはぽつりと口を開く。


「さっき私が戦った獣、知ってる人だった」

「……分かっていること全て話して。この任務に関わることだから」


 あくまで任務のためなのか、それとも気遣ってのことなのか、メリッサはシャムに話すよう促す。


 下水路に流れる水を聞きながら、シャムは過去の扉を開いた。

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