名無しの猫 p.4
メリッサ達三人が水路へ侵入を開始し、二十分ほどが経過していた。
いつ敵が現れても良いように、三人は警戒のため歩調を遅くして進行を続ける。
潜入や隠密行動が得意なリーエンが前を歩き、末尾をメリッサが守る。
そんな二人の間に挟まって歩くシャムだが、夢中になると暴走気味な自分を抑えるために配置したのだろう、となんとなく思う。
三人が歩く水路は意外なほど大きく、流れている水の量は少ない。
水路の両端には人が通るための通路が用意され、補装もしっかりされている。
水路にはところどろこ別のトンネルの入口が用意されており、別の場所から流れてくる水が合流できるようになっている。
枝分かれする通路をすれ違う度に死角から獣が飛び出してこないか警戒しながら、三人は黙々と水路を進んでいく。
警戒しながら歩いていると、リーエンが無言のまま手を上げ、メリッサとシャムは歩みを止める。
「……前方に獣が一体いる」
その一言でメリッサとシャムは警戒を強め、銃を握りしめる手に力がこもる。
リーエンは右目に発動させた邪術を使い、周囲の様子をうかがう。
「後方からも獣が一体こちらに近づいているが、両方ともこちらには気づいていない様子だ」
「仕留める?」
メリッサは後方を注視してリーエンに聞くと、リーエンは首を横に振った。
「ここで銃声を鳴らせばあっという間に他の敵の耳に届いて最悪逃げられる。力を削いで動きを止め、私たちはなるべく深部へ接近したほうが良いだろう。そこで異界を展開させて獣共を閉じ込める」
状況を整理したリーエンは立ち上がり、前方遠くから接近してくる獣を指さす。
「私は前の獣を、シャムは後方の獣を奇襲してくれ。メリッサは万が一どちらかが奇襲に失敗した時に援護を頼みたい」
「どうして私が支援なのよ」
メリッサは不服そうに目を細めるが、リーエンはシャムをちらりと見て首を横に振る。
「シャムがハプニングに対応できると思うか?」
「あ、失礼だなぁ。私だっていざという時は、皆みたいにクールに対応……は無理か」
自己完結してしまったシャムはウムウムと頷く。
「もしメリッサのバックアップが入っても敵に侵入を知られた場合、すぐに異界を展開しろ。そこから先の展開はその時に考える」
淡々とリーエンは説明し、シャムは「
シャムは水路内に設置された歩行用通路に身を伏せ、眼下に伸びている水路を見下ろす。
水位は人間の膝くらいの高さまでしか上がっておらず、遠くから歩いてくる敵は流れてくる水をかき分けてゆっくりと歩いてきていた。
相手の姿形を見極めるため、シャムは息を殺して遠くから接近してくる獣を観察する。
姿かたちは人間の女性で、長い黒髪は乱れ、純白だったはずの白衣は汚れており、顔は長い前髪で隠れて見えない。
膝まで水に浸かっている事も気に留める様子もなく、よたよたとシャムが隠れている方角を歩き続ける。
シャムの遥か後方では今頃リーエンも似たように身を潜めているはずで、そんな二人を観測出来る位置にメリッサが待機しているはずだ。
女性がシャムが身を潜めている位置のすぐ下を横切り、シャムは動いた。
歩行用通路から飛び降り、最短距離でターゲットの背後を取る。
着地の瞬間に水音が弾け、敵に開戦の合図を知らせる。
女性の頭が咄嗟に百八十度回転し、シャムを捉えた。
だが遅い。
シャムは渦で強化した身体能力を操り、女性の頭を鷲掴みにすると近くの壁に女性の頭を叩きつける。
グシャリ、と嫌な音を立てるが、目の前の女性、ではなく、獣は未だ命を保っている。
獣を仕留めきるにはシャム達が使っている
それ以外の攻撃で獣に傷を負わせても、時間が経つとどんなに体を損傷しても回復してしまう。
だが、騒音を立てられない今、一時的に行動不能にするだけで事足りる。
シャムは壁に叩きつけられた獣の頭目掛け、渾身の拳を振るって頭蓋の破壊を試みる。
瞬間、まだ人間の姿をした獣が小さく声を漏らす。
「私は……誰……?」
獣の前髪がはらりと揺れ、顔が露わになる。
まだ人間の形を保っていた女性の顔を見て、シャムの拳が止まる。
「え?」
シャムの脳裏に、いつか聞いた女性の声が響いた。
『貴方の名前は番号なんかじゃない。そうね……貴方は太陽みたいに明るい子。貴方の名前は……そう、シャム』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます