名無しの猫 p.2

 ヴィクセントの執務室にて、シャム、メリッサ、ジーク、リーエンの四名は集まっていた。 シャム達四人が長期任務を開始して一か月が経ち、経過報告のために本部にいるヴィクセントの元へ出向くことになっている。


 だが、報告中ヴィクセントは終始口を抑えて笑いをこらえ続け、何が面白いのか分からないシャムは首をかしげてその様子を眺める。


「以上が報告だ。……おいヴィン、いい加減キレるぞ」


 一通りの報告を終えたジークは片目をひくつかせてヴィクセントを見下ろす。


「クックク、いやすまん、思った以上にエプロン姿が似合ってるなお前ら」


 ヴィクセントは肩を震わせ、手で口を押えるも、もはや笑いを隠しきれていない。

 それもそのはず。


 いついかなる時でも獣と命のやりとりをし、常に緊張状態である組織の本拠地でシャム達がカフェ店員のエプロン姿で歩いていたら、あまりのミスマッチに二度見してしまう者がいても不思議ではない。


「貴方がこのままで来るように指示したのでしょ、ヴィン」


 メリッサがいつもの澄まし顔でヴィクセントをたしなめるが、当の本人は止まらない。


「しっかり環境に溶け込めてるか確認は必要だからなぁ。ところでエプロンのサイズ合ってねぇぞジーク」


 ジークのエプロンは、盛り上がった胸筋によって今にもはじけ飛びそうなほどパツパツに伸びていた。


 突っ込みを入れたヴィクセントは我慢の限界が来たのか「もうダメだ!」と大声で笑い始めた。


「あー、よくないんだよヴィン。ジークのサイズ見つからなくて本人ちょっとだけ気にしてるんだから」

「うるせぇぞシャム」


 シャムはフォローのつもりでツッコミを入れたが、こめかみに血管を浮かばせたジークににらまれてしまった。


「……もう用が済んだなら私は去りたいんだが」


 事の成り行きを静観していたリーエンがぽつりと言うと、一通り笑ったヴィクセントが手を挙げて止める。


「悪い悪い。最後に一つ、こちらから任務を言い渡したい」


 やっと本題に入るのかと、シャムは内心ほっとする。


「ここ一か月、お前たちの功績もあって拠点としている街に出現している獣はおおよそ討伐されただろう。が、最後の集団がまだ残ってる」


 ヴィクセントの一言に、ジークは後頭部をぼりぼりとかく。


「連中の正体は掴んだのかよ」

「少しだけ、な。情報は共有するが、シャム、お前にも関係してくる話だから心して聞いてくれ」


 ヴィクセントの唐突な名指しに、「え? 私?」と自分を指さす。


「お前等が担当している地域で獣が増え続けている原因だが、やはり獣による増殖行為だけでなく、人為的要因も絡んでいた」


 ヴィクセントは部屋に設置されたプロジェクターを起動させ、壁に映像を映し出す。

 映像はどこかの施設内を映し、白衣を着た研究者と思しき人々が診療台に寝かされている子供達に注射を刺していた。


 その映像を見ただけで、シャムは目を見開く。

 昔、白衣を着た研究者達が、人を人として見ず、実験と称して体中を弄られた過去の映像がフラッシュバックする。


 光に反射したメスや針が身体を裂き、よく分からない肉片を体内に縫い付けられた光景がちらつき、めまいを覚える。

 ヴィクセントはシャムの動揺を見抜いている様子だが、話を進めることに注力する。


「こいつらは昔、俺たち組織が壊滅させた”機関”という集団だ。機関は獣の研究のために獣と人間を使って人体実験を行っていた。研究に使われた人間は、どこかから拉致してきた子供達ばかりだった」


 自然と全員の視線がシャムに注がれ、シャムは静かに口を開く。


「……私が捕まってた場所だね」


 ジーク、リーエンもシャムの様子に気づいて眉を潜めるが、今はヴィクセントの話の続きを促すために沈黙を保つ。


「機関自体は俺たちによって既に壊滅したが、一部の研究者が数名の被験者を連れて逃亡していた。その後の調査で、こいつらがお前等が担当している街のマフィアに匿われていることまでは分かった。街に定期的に獣が現れるのも、機関の残党どもの研究施設から逃げ出した獣達が原因、ということになるな」


 なくなったはずの悪夢が今目の前で再来していることを告げられ、シャムは自然と拳を固く握った。


 そんなシャムの様子をヴィクセントは横目で観察しつつ、話を続ける。


「今回の任務のターゲットはマフィアに匿われている元機関の研究員、および敵施設に潜む獣の殲滅だ」

「その研究者達の中に、イルマて研究者はいる?」

「いや、そこまでは掴み切れていない。判明しているのは、機関の残党が街の地下水路に小さな研究施設を構えて、秘密裏に実験を続けていることだけだ」

「……そっか、うん、ありがとうヴィン!」


 さきほどまでの暗い表情が一変、シャムは笑顔を浮かべる。


「機関がまだ残ってるのは良くないけど、これで決着がつきそうだね! 皆喜ぶと思う!」


 シャムは拳を鳴らして歯をギラリと覗かせる。


「地下水路は狭い。ジークには不向きな地形だが、お前等ならどうにか出来るだろう。決行日時は追って連絡する」


 四人はそれぞれ「了解コピー」と返答し、ヴィクセントの執務室から去っていく。

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