第3話 名無しの猫
名無しの猫 p.1
朝霜に紛れて小鳥のさえずりが響き、シャムはそれを聞きながら喫茶店前を箒で掃除する。
ふと、店の入り口を見たシャムは箒を動かす手を止めた。
「うーん」
シャムが見つめるのは扉の真上に設置された看板。
看板にはコーヒーの絵柄の隣にCafeと喫茶店であることが明記されている。
「やっぱりお店の名前があったほうが良いと思うんだけどぁ」
そうボヤいていると、シャムの近くで同様に掃除をしていたメリッサがジト目で睨む。
「ちょっとシャム、貴方まで仕事サボったらお店の開店が間に合わない」
シャム達はいつも通り開店準備をしていたが、いつも通りリーエンが手伝いをすっぽかして時間に追われている状況だった。
「あぁ、ごめんごめん……ねぇメリッサ。そろそろこのお店の名前を決めても良いんじゃないかな」
そうシャムが提案すると、腕輪に変形していたルーズがメリッサの右腕から僅かに光る。
『そういや名無しなのかこの店』
「そうそう! やっぱりちゃんと名前があったほうが色んな人に知って貰えるし、お客さんも増えるんじゃないかな」
そうシャムは提案するが、メリッサはツインテールを揺らして首をかしげる。
「必要かしら。喫茶店の運営目的は、この地区へ侵入するためのカモフラージュと情報収集だし。そこまで力を入れる必要はないと思うけれど」
「う、うーん」
どうやったら己の胸中に流れる想いを伝えられるかと、シャムは口をむにゃむにゃと動かす。
「私も必要だとは思わない。私たちの任務はあくまで獣の討伐だ。この喫茶店に必要以上に時間をかける意味は薄い」
いつの間にか二人の近くに現れたリーエンが声をかけてきた。
片手に食べかけのパンを咥え、サボリを存分に満喫しているのをまざまざと見せつける。
「あ、サボリ魔!」とシャムは頬を膨らませるが、すぐに眉をハの字にする。
「それは……そうなんだけどさ」
言いよどみ、シャムは二人を説得する言葉を探すが、どうにも良い方法が思いつかない。
「それより、次はキッチンの準備。私はキッチンの掃除をするから、シャムは倉庫にある紅茶の在庫取ってきて。B-10番の箱に入ってると思うから、よろしく」
メリッサはシャムにそう言い残し、逃げようとしたリーエンの首根っこを引っ張って店内へと入っていった。
シャムは言われた通りに店の後方に設置されている倉庫の扉を開き、棚に入れられた大量の段ボールの山を眺める。
「えーっと、B-10番、B-10番……」
身体をくるくると回し、倉庫内の段ボールを見渡していると、ふと、シャムの脳裏に声が響いてきた。
『おい、J-15番、次はお前だ』
それは遠い昔に聞いた、記憶の中の声。
シャムはバレエダンサーのように回転していた身体をぴたりと止め、頭の中で響く声に耳を傾ける。
『貴方の名前は番号なんかじゃない。そうね……貴方には太陽みたいに明るい子になって欲しい。貴方の名前は――』
今度は女性の優しい声が聞こえ、ほんのりと胸の中心が熱くなるのを感じる。
一時だけ業務を忘れて昔を思い出していたシャムだが、すぐに我に返り、目的の箱を見つけていそいそとメリッサの元へと向かった。
「ほい! お届け物です!」
元気満々に頼まれた紅茶の在庫をメリッサに手渡し、シャムはそのままカウンター周りの清掃へ移る。
「助かったわ。もうすぐお店の開店時間だし、早くしないと」
「う、うん……あのさ、やっぱりお店の名前――」
「おい、そろそろ定期報告に向かうぞ」
シャムは胸中を巡る思いを言葉で伝えかけたが、買い出しから戻ってきたジークにそれは遮られる。
「
「……」
メリッサはさらりと返事し、リーエンは応答代わりにコーヒーを飲む。
話を中断されたシャムは顔をうつむかせ、「
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