夜空の子守歌 p.13

 何十発もの銃弾を受けたアイナは地面に倒れ伏し、メリッサはアイナの胴体を踏みつけて動きを抑える。

 周辺の警戒のため、シャムはメリッサに背を向けてキョロキョロと周囲を見張っている。


「お、お前達は、一体……何者、だ……」


 虫の息のアイナはぴくぴくと体を痙攣させながらメリッサに問う。

 メリッサはアイナを冷酷な表情で見下ろし、火傷で震える右腕をどうにか動かしてマガジンを銃にたたき込み、装填を完了させる。


「私たちは、貴方達獣に全てを奪われ、貴方達を殲滅するために組織された復讐者……スリンガーよ」


 躊躇いの色を一切見せず、メリッサが引いた留めの一発が、アイナの眉間を貫いた。


「いやー、死ぬかと思った。いや、実際一回分死んじゃったけど。相手の邪術が死んだら消えるタイプでよかったよー」


 シャムは背伸びをしてのんきに言いつつ、メリッサの前を歩く。

 シャムの身体は敵の攻撃によって穴が空いていたはずだが、傷はすっかり癒え、ロングコートとインナーの服だけに大穴を残したままとなっていた。

 二人はジークと分かれた場所へと戻ると、そこには獣の死体が幾つも転がっていた。

 周辺の建物のほとんどが崩壊しており、地面もあちこちが抉れている。


「遅ぇぞテメェら」


 銃を肩に担ぐように持ち、ジークはいつもの不服そうな表情で二人を迎える。


「まだ異界が解かれないねぇ」


 シャムがのんきに言い、空を見上げた。

 未だ紫色の空が広がっており、場の異様な空気は継続されている。


「本丸だけが展開した異界ならとっくに消えてるが、まだあるって事はまだ息が残ってる雑魚どもも展開を施したんだろ。さっさと留め刺すぞ」


 ジークはそう言い残すと獣の死体の山からまだ生きている獣を探しに向かった。

 シャムもそれにならって別方向へと行き、メリッサも転がっている獣達に注意しながら周辺を調べる。

 毎度この作業が苦でしかない。

 嫌悪しかない敵を見続けるだけで吐き気を感じるというのに、それらの死体を漁りつつ、生き残りの反撃に警戒しなければならないのだ。

 メリッサは幾つかの死体を蹴り、怪しい者には銃弾を撃ち込んでいくと、もぞりとすぐ近くで何かが動く気配を感じた。

 すぐにそこへ銃口を向け、引き金を引こうとした瞬間、獣の声がメリッサの耳に届く。


「じ、ジャン……か、かか、母さんを……まも、守、ま……」


 その獣は、体力のほとんどを使いつくしたのち、崩壊した建物の下敷きになったようだった。

 身体のほとんどを瓦礫に押しつぶされ、頭だけが崩落から免れていた。

 その獣の顔半分は蜘蛛のような丸形の眼球を覗かせ、もう半分はほぼ人間のままだった。

 メリッサはその獣の前に立ち、もう一度銃口を向ける。

 獣はもぞもぞと何かを呟き続け、メリッサに一切視線を向けない。


「かえ、帰る、から……ととと、父……さん、帰……」


 身体を瓦礫から出したいのか、獣はもがき続けるが一向に状況を変えることが出来ず、メリッサはその様子を銃を構えたまま眺める。


「ごめんなさい。一度獣になった人間は、元に戻ることは出来ない」


 照準を獣の頭部に合わせ、引き金に指をかける。


「私たちは救済者ではない……あくまで、復讐者」


 パン、と乾いた銃声が一発鳴る。

 あっさりと一体の獣の命を刈り取ると同時、紫色の空にガラスのようにヒビが入ると割れ始めた。

 空が崩壊していくと、本物の夜空が顔を出し、元の風景が辺りに戻ってくる。

 崩壊していた建物は、異界の境界線が狭まっていくのと同じくして、元の形へと塗り変わっていく。

 辺りに倒れていた獣の死体も、異界と共に消滅していき、メリッサがトドメを刺した獣も消滅が始まった。

 砂のように消えていく獣を眺め、メリッサは小さく口を開く。


「獣は全て、私が狩り尽くす」


 それは消えていく獣への言葉なのか、それとも己自身への言葉なのか、それはメリッサ自身にも分からず、自然と漏れ出ていた。

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