夜空の子守歌 p.14
青い空の下を元気に走り、シャムは大きく足を振りかぶる。
「いっくよー!」
そう言うと足下のサッカーボールを蹴り上げ、ボールは空高く舞い上がる。
それを無邪気に子供達が追い、負けじとシャムも走る。
『いやなんであいつガキと同じレベルで遊んでるんだよ』
ルーズがもっともな意見を漏らすが、メリッサはため息一つで返事をする。
喫茶店の開店準備を終え、メリッサとシャムは店の前を掃除していたはずが、いつの間にか近所の子供達と仲良くなったシャムの元へ遊びの誘いが入り、メリッサが止める間もなくボール蹴りが始まってしまった。
そろそろ開店時間だというのに遊びに浸っているシャムに呆れていると、メリッサの隣にいつの間にかジャンが立っていた。
どうやら仲間に入りたいのか、子供達を見てはもじもじと両手を組んでいる。
「……遊びに混ざらないの?」
「え、う、うん……」
助け船を出したつもりが、ジャンは少し驚いたようにメリッサを見ると、すぐにその視線を逸らした。
『あぁ、あぁ、すっかり怯えられちゃってるな、仏頂面メリッサちゃん――ていたたた!』
くすくすと腕輪状態のルーズが笑い、メリッサは静かにその腕輪を片手で握り潰さん勢いで掴みかかる。
ルーズに制裁を加えつつ、メリッサはジャンが怯えている様子を眺める。
どうもメリッサが初めてジャンと会ったときにそっけない態度を取っていたことがまだ尾を引いているらしい。
どうしたものかとメリッサは頬をかいたあと、膝を折ってジャンの目線まで屈む。
「その、この前は悪かったわね」
「え?」
「貴方と会ったとき、ちょっとそっけない態度取ってたと想う。だからごめん」
メリッサが素直に謝ってきたことに驚いたのか、ジャンはしばし目をパチパチと瞬きしたあと、首を横に振る。
「うぅん、大丈夫」
そう言うと、ジャンはまた視線を地面に落としてしまう。
「どうしたの?」
「お父さん、まだ帰ってこない」
落ち込むジャンを前に、メリッサの脳裏に昨日の光景がフラッシュバックする。
『じ、ジャン……か、かか、母さんを……まも、守、ま……』
あの時の、あの獣はもしかすると……
メリッサはふるふると頭を振る。
あの獣が人間だった頃の正体など、誰も証明することは出来ない。
仮に身元が分かったとしても、メリッサがその命にトドメを刺した事へのケジメも取る術などない。
メリッサは目の前の少年をじっと見つめていると、少年もまたメリッサを見つめ返す。
「貴方のお父さんは、貴方になんて言ったんだっけ?」
「お父さんがいない間は、僕がお母さんを守れって……でも、アイナお姉ちゃんもいなくなっちゃって、お祈りもできなくなっちゃった」
泣き出しそうになるも必死に堪えるジャンを、メリッサは静かに眺める。
「お祈りをしても、神様が助けに来てくれるわけじゃないわ。お母さんを守れるのは、貴方だけよ」
「じゃあ、僕はどうしたら良いの?」
「強くなりなさい」
風に乗って、メリッサの声がジャンを包む。
「守りたい人がいるなら、強くなりなさい。弱いまま大切な人を亡くすと、終わらない怨嗟が始まるから」
後半はジャンにではない誰かに言い聞かせるかのようにメリッサは呟く。
ジャンは「怨嗟?」と首をかしげ、メリッサの言葉を全て飲み込めない様子だったが、しばらく逡巡した後、大きく頷く。
「うん、僕頑張ってみる」
そう言うと、ジャンは意を決した様子でボール蹴りをするシャムと子供達の中へと走って行く。
その様子を眺めるメリッサは、相変わらずの無表情だが、その瞳にはどこか優しさを帯びていた。
『なんだよメリッサ。長期滞在の任務は嫌だー! て、捻くれてたくせに、今はやる気出てるみたいじゃねーの』
茶化すルーズを放り、メリッサは後ろに立つ喫茶店へ振り向く。
「べつに、思ったより獣を狩れそうだから気が変わっただけよ」
そう言って、メリッサは店の入り口にぶら下がっているドア看板をひっくり返す。
Openと書かれた立て看板が店の開店を知らせ、メリッサは今日の仕事へと取りかる。
その足取りは、開店初日と比べるとどこか軽かった。
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