夜空の子守歌 p.11
「まずいぞメリッサ。さっきの咆哮は、どうやら敵の邪術だ」
異界の外で待機していたリーエンは、異界内部から奏でられた雄叫びを、己の特殊な眼を使って可視化していた。
リーエンの視界内で紫色に表示された音は街全体へと広がり、屋内で就寝中の住民の耳に侵入していった。
すると、不特定多数の住民の体内に入ったそれは、体の中にとどまると、住民を睡眠状態のまま体を起こす。
数十もの住民達が夢遊状態で家から出ると、裸足のまま異界に向かって歩いてきていた。
「敵の目的は住民を異界に引きずりこんで獣に転生させるつもりだ。私はなるべく異界に近づく住民達を力ずくで押さえる。そっちは早く本丸を仕留めろ」
言うだけ言うと、リーエンは一方的に無線を切り、建物の屋上から飛び降りた。
リーエンからの報告を受け、メリッサはすぐに銃の引き金を引いた。
銃弾五発は狙い違わずアイナへと飛ぶが、アイナの髪が壁となってまたしても攻撃を阻む。
「ジーク! そちらの状況は!」
『さっきの咆哮で獣共が途端に力が増しやがった。倒せない相手じゃねぇがしぶてぇ!』
通信の向こうでは獣の叫びとジークの銃声や破壊音が聞こえ、激戦の様子が窺える。
すると、髪の壁の間からアイナの瞳がメリッサを覗いてきた。
「私の歌声は獣を凶暴化する邪術。さらに、事前に私の歌を聞いた人間は私の邪術の支配下に落ち、咆哮を上げれば私の元へ無意識に寄ってくるのよ」
アイナの笑みにメリッサは苛立ちを覚えるが、そこでふと何かに気づく。
「事前に歌を聞いた人間……」
夕方頃、ジャンと共にアイナに会った際、アイナは祈りの歌を披露すると言ったが、メリッサは乗り気ではなくその場を去った。
だが、あの時ジャンと共にアイナの歌を聞くためにもう一人残った者がいた。
「シャム!」
メリッサは少し遠くで戦闘態勢を取っていたシャムへと振り向く。
だが、シャムは既にその場にはおらず、いつの間にかアイナの近くまでフラフラと歩いていた。
シャムは意識がないのか、瞳はアイナを捉えているが生気を感じられず、口を半開きにしてのそのそと歩き続ける。
『まずい! シャムの嬢ちゃん完全に相手の術にかかってるぞ!』
焦るルーズを無視し、メリッサは駈ける。
アイナが放った髪の束が槍の形になり、シャムへと振り落とされる。
「くっ!」
一か八かメリッサは走りながら銃弾を乱発。
空気を引き裂いて飛んだ弾丸は髪の槍をも引きちぎり、寸前のところでシャムの目の前で分散させた。
「甘いわ!」
一発目はダミー。
二発目の髪の槍を備えていたアイナは再びシャムへと放った。
再度の迎撃を試みたメリッサだが、さきほどの乱射で弾切れを起こし、マガジンが銃底から突き出る。
「シャム!」
メリッサの叫びは無情にも届かず、大きな槍はシャムの胸を刺し貫いた。
シャムの身体を貫いた槍は彼女の地を地面にぶちまけ、シャムは意識を戻すことなく、その場で槍に串刺しにされたまま、動かなくなる。
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