夜空の子守歌 p.10

 獣の群れを突破したメリッサとシャムは、街の中央に位置する噴水広場に出た。

 昼間にジークとリーエンがここでフードトラックを留めていた事はメリッサとシャムは事前に聞かされていた。

 獣の群れを突破してからは敵の気配が一気に失せ、ジークが今戦っているあの場所に戦力が集中されていることを窺える。


『そのまま直進だ。一人だけ遠くに佇んでいる奴がいる。そいつが司令塔だろう』


 メリッサとシャムの無線にリーエンの指示が飛ぶ。


「やっぱりリーエンの邪ノ目イビルスコープがあるとすっごく便利だね」

「そうね。体力も渦も大分温存出来てる」


 シャムが言うように、ここに来るまでリーエンのナビがあったおかげで戦闘のほとんどを回避できた。

 遠い位置、それも異界の外からだというのに、リーエンの指示は的確だった。

 メリッサとシャムは周囲を見張りつつ、噴水広場の中央へと歩いて行く。


「――っ!」


 噴水の陰に気配を察知したメリッサは、持っていた銃を両手で構える。

 すると、噴水から一人の女性が現れた。

 修道服が目立つその女性に、メリッサは見覚えがあった。


「アイナさん!」


 そう言ってシャムが驚いた様子でアイナに近づこうとするが、それをメリッサが片手を上げて止まれのサインを出す。

 それを察したシャムはすぐに足を止め、銃を構える。


「まさかこんなに簡単に来られるなんて、すごいんですね。何者です?」


 アイナは昼間に会ったときの雰囲気から一変し、氷のように冷たい視線をメリッサ達に投げる。


「さぁ。貴方達獣の邪魔をする者に変わりはないんじゃないかしら?」


 メリッサはとぼけた様子で言いつつ、周辺に他の獣がいないか警戒する。

 アイナはくくく、と押し殺した笑い声を出す。


「私が獣だといつ気づいたんですか?」

「会った当初から胡散臭かったわよ。行方不明者が大通りをよく利用する者となると、そこで大々的に人と接触出来るのは、貴方のように路上で歌を披露する者くらいでしょ」


 リーエンとジークからもらった情報と照合し、行方不明事件が発生した後に活動を続ける者など、ほぼ限られていた。

 アイナはしかし、特に動揺する様子もなく、鼻で笑う。


「まったく……うまく人間の暮らしに溶け込めて同族も増やせると思った矢先、とんだ邪魔が入りました」


 笑うアイナを、シャムは銃を構えて睨む。


「あの子、ジャン君や街の人たちのために歌い回ってたんじゃないんだ」

「えぇ。単に路上で歌って獲物を探していただけですよ、私の眷属になってくれる子はいないかと想ってね」


 二対一だというのに余裕を見せるアイナに警戒し、メリッサはすぐにアイナに飛びつかない。


「諦めなさい。私たち以外の者が、貴方が従えてる獣のほとんどを討伐している。このまま睨み合いを続ければ、すぐに彼らがここに駆けつけて貴方は詰むわ」


 冷静にメリッサは状況の有利性を示すが、アイナはしかし、動揺することなく両腕を上げる。


「それはどうでしょう……っ!」


 途端、アイナは空に向かって吠えた。

 それはまるで動物のような雄叫びにも聞こえ、どこか歌っているようにも聞こえる。

 耳を劈く激音に、メリッサはつい片膝を地面に付くが、すぐにその体制からアイナに向かって発砲。

 しかし、アイナの長い髪がまるで意思を持ったかのように複雑に捻れると、壁となってアイナの眼前で展開し、見た目に反した強度で弾丸を弾いた。


「これは貴方達に贈る賛美歌です!」


 するとアイナの咆哮はさらにその音量を増し、シャムもたまらず両耳を塞いで地面に伏す。


「く、ううぅぅ」

「な、に」

『うるせえええ!』


 未だ続く咆哮にメリッサは歯を食いしばって耐え、ルーズは叫ぶ。

 ビリビリと空間が咆哮に合わせて震え、アイナの姿形も変化していく。

 髪は地面に付くほどに伸び、下半身は大きな腹に六本の足を除かせる。

 上半身は人間体のまま、その姿はさながら蜘蛛人間であった。

 髪も体も真っ白に変色し、異形の獣と化したアイナはメリッサを睨む。


「まだ私の演目は終わってませんよ」


 やっと収まった咆哮に、メリッサは三半規管を揺らがされたがどうにか立ち上がる。

 すると、耳に装着していた無線からザザ、とリーエンから通信が入ってくる。


『まずいぞメリッサ』

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