夜空の子守歌 p.8

『異界の展開確認、C地区!』


 メリッサが耳に付けていた無線機にリーエンの報告が入り、メリッサは開いていた自室の窓から外へと飛び出る。

 およそ人間では再現出来ないほどの距離を飛び、大通りを横切って向かえの建物に飛び移る。

 すると、喫茶店の一階からシャムも駆け出し、二人は大通りに沿って走る。

 シャムもメリッサとは若干違うデザインのロングコートとインナーへ着替えており、銃を一丁手に持っている。

 進行方向の少し先に、天まで届く緑色の光を放つ柱が見えた。

 柱からは異様な気配が立ちこめ、その異質さを際立たせる。だが、不思議なことにその光景に気づいて家から出てくる住民はいなかった。


『やっぱりこの行方不明事件、”獣”が関わってたんだね!』


 大通りを走るシャムが、建物の上を走るメリッサへ無線を繋げてきた。


「えぇ。異界も開かれたから確実ね」


 二人は走りながら、遠方の怪しい光の柱を睨む。

 すると、二人の近くにまた別の人影が現れる。


「は、こんな夜中にシケたことしやがる」


 メリッサの隣にジークがどこからともなく降り立つと、メリッサと併走するがその顔は変わらず不満そうだった。


「リーダーならチームを指揮しろ、ジーク」


 シャムの隣に降り立ったリーエンは通信越しで淡々とジークに指摘するも、ジークはふんと鼻であざ笑う。

 ジークとリーエンもまた、見た目に少しの違いはあるものの、同様のロングコートと銃を装備していた。


「ならテメェは異界の境界線を見張ってろ。メリッサとシャムは大本の獣の撃破だ。また単独行動するんじゃねぇぞメリッサ」

「うるさいわね。あなたはどうするの?」


 メリッサが聞くとジークはギラリと目を輝かせて、四人から少し遠くに立つ紫色の柱、異界を睨む。


「他の獣全て殲滅させてやる」


 異界に近づいたメリッサ達はそれぞれの配置へと散開する。

 リーエンは他三人が紫色の壁となった異界に向かって飛び込んでいく様子を見る。


「……気持ちの悪い光景だ」


 リーエンは目の前の壁を眺め、ぽつりと呟く。

 異界は獣が人間を引きずり込むために展開する特別な結界だ。

 引きずり込まれた人間以外はこの結界を感知することは出来ず、偶然結界に近づいても結界の力が人間の意識に介入して結界から遠ざかるよう命令してくる。

 そしてもちろん、結界を認識できる例外がリーエンやメリッサ達だ。

 リーエンは右目を片手で押さえ、ぶつぶつと何かを呟く。

 すると、目を押さえる手の隙間から赤い光が漏れる。

 手をどけると、元々緑色だった右目が血で描いたような赤い五芒星が刻まれ、異様な雰囲気を醸し出す。

 右目を異界へ向けた途端、リーエンの視界が一変する。

 リーエンが意識を向けた先であれば望遠鏡を覗き込むように視界が拡大され、視界内に生物が存在するとサーモグラフィーのように赤いシルエットとして強調される。


『ジーク、シャム、メリッサ。聞こえるか? 異界は現在半径一キロの範囲で展開されている。異界の外周辺に獣の気配なし。恐らく全員異界の中で待ち構えている』


 異形の力を行使し、リーエンは無線でメリッサ達をナビゲートする。


「私は引き続きここで獣の増援が来ないか見張るぞ」


 そう言ってリーエンは無線を切り、異界の入り口近くに身を潜め、監視を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る