夜空の子守歌 p.6

「ありがとうお姉ちゃん!」


 元気よくジャンがメリッサとシャムに礼を言うが、メリッサは大して興味がない様子でジャンからそっぽを向く。

 三人は無事病院が閉まる前にたどり着くことが出来、薬を貰って帰り道を歩いていた。

 病院が街の大通り沿いにあったから走って間に合ったが、通りには変わらず人の影一つも見えない。


「別に私は何もしてないわよ。シャムが走って君を連れて行って間に合ったんだから、シャムのおかげ」

「そんな連れないこと言わないで、素直にどういたしましてしようよメリッサ!」


 シャムはメリッサの肩を組んでその柔らかい頬を指先で優しく突くが、メリッサは鬱陶しい、という表情を作ってシャムの手を払う。

 シャムは少しだけ頬を膨らませるが、気を取り直してジャンの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「君は偉いぞ! これでお母さんも治るし、お父さんも喜ぶんじゃないかな?」


 すると、ジャンはぴくりと頭を上げ、すぐに顔をうつむかせる。


「お父さん、まだ家に帰ってきてない……」

「あ」


 ついさきほど父親がいなくなった事を聞かされたばかりだというのに、思い出させてしまったシャムは顔を引きつらせてメリッサに助け船を呼ぼうと視線を送る。

 が、当のメリッサは我関せずと言いたげに顔をぷいと背け、シャムは観念してジャンに向き直る。


「お父さん、どうしちゃったのかな?」

「一週間前に、お父さんが家からいなくなっちゃったんだ。朝起きたらもう部屋にいなくて」


 ジャンはぐずぐずと鼻をすすり、泣き出しそうになるも、必死に涙を堪える。


「泣かないのね」


 その様子を眺めていたメリッサがぽつりと言うと、ジャンはこくりと頷く。


「お父さんに言われたんだ。お父さんが居ない時はお前がお母さんを守れって。だから僕泣かない」


 きっとすぐにでも大声を上げて泣き出したいところを、必死に堪える少年を見て、流石のメリッサも何かしら励ましの言葉一つ送りたくなる。

 メリッサはジャンへ言葉をかけようとしたと同時、ジャンは何かを見つけて顔をパッと明るくする。


「アイナお姉ちゃん!」


 ジャンは飛ぶように走り出し、メリッサとシャムはジャンが笑顔を向けた先を見る。

 そこには白を基調とした修道服を着た、二十代半ばの女性が大通りを歩いていた。


「ジャン君!」


 励まし損ねた、とメリッサは内心拗ねる。

 アイナは走ってきたジャンを抱き留めると、メリッサとシャムに気づいて笑顔を向ける。


「こんにちは。ジャン君のお友達ですか?」

「うーん、お友達ていうか、さっき病院まで連れて行った仲、かなぁ」


 シャムは腕を頭の後ろに組みながら簡単に説明する。

 アイナはにこりと笑顔を浮かべた。


「そうだったんですね。私はアイナ。よくこの辺りを通ってまして、ジャン君とたまに遊んでもらってるんです」

「私はシャム、で、後ろの仏頂面の子はメリッサ! よろしく」

『ぷぷ! 言われてるぞメリッサ―』


 シャムの忌憚のない紹介にメリッサは眉をピクリと潜ませ、煽るルーズをひっそりと締め上げる。


「いやー、私たち最近この街に引っ越してきて喫茶店を開いたばっかりなんだけど、お客さんが全然いなくて困っちゃって」


 シャムは大げさに肩をすくんでそう言うと、アイナは少しだけ顔を曇らせる。


「そうだったんですね。最近この辺りの行方不明事件が多くなって、あっという間に人通りが減ってしまったんです。ジャン君のお父さんも、たぶんそれに巻き込まれてしまって……」


 そう言うと、ジャンも暗い顔を浮かべ、アイナは慌ててジャンの肩に手を置く。


「ごめんなさいジャン君、嫌な事を思い出させちゃったね。そうだ、お姉さんが祈りの歌を歌ってあげる」

「……歌?」


 黙って話しの様子を伺っていたメリッサは、アイナの言う歌がどういう事か気になってつい聞いてしまう。


「はい。私、このとおり修道女でして、この辺りで募金活動のために賛美歌を披露してるんです。ジャン君のお父さんが帰ってきてくれるよう、私が歌で祈ってあげるわ」


 すると、ジャンは嬉しそうに微笑み、シャムは目を大きく光らせてぐいぐいとアイナへ詰め寄る。


「うわ、賛美歌だって、素敵じゃん! 聞きたい聞きたい!」


 ウキウキとした様子のシャムとは対照的に、メリッサは冷めた様子で三人に背を向ける。


「あれ、メリッサ聞いて行かないの?」


 黙々と去ろうとするメリッサを肩越しで呼ぶシャムだが、メリッサはひらひらと右手を振る。


「先にお店に帰るわ。その子の用事も済んだし。それに……」


 メリッサはチラリとアイナに視線を投げ、すぐに進行方向へと目線を戻す。


「不条理を前に祈るだけだなんて、願い下げよ」


 誰に聞かれるわけでもなく、メリッサはそう呟いて一人その場を去る。

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