夜空の子守歌 p.5

「どうぞご自由な席にお座りください。お客さんは貴方一人ですし、えへへ」


 男性に声をかけたリーエンは、さきほどジークと話していた時の冷めた表情から一転、声のトーンも一段高く、態度や仕草にふんだんの愛嬌を込めて男性に微笑みを投げる。


「い、いやぁ、すぐに家へ帰ろうと思ってたところなんだけど、ちょっとだけだよ?」


 愛嬌たっぷりのリーエンにすっかり当てられたらしい男性は、鼻の下を伸ばしてフードトラック前に並べられたテーブルの一つに座る。

 すると、ジークがフードトラックからメニューを持って現れ、男性のテーブルの上にドンとメニューを突き立てるように置く。


「俺様の臣下の誘惑にまんまとハマって来た事、褒めてやる。メニューを選べ」

「え、え?」


 ふてぶてしい態度を取るジークに、男性は困惑を隠せない様子だった。

 リーエンは苛立ちを悟られないよう笑顔を崩さず、ジークの足を踏みつける。


「ぐぅ! 何して――」

「申し訳ありませんお客様。こちらの者は性格は悪いですが、母親の誕生日プレゼントを買うために地方から出稼ぎに来た重度のマザコ……母親想いの者でして」

「ンだその作り話は――ぐっ!」


 リーエンのデタラメをすぐに訂正しようとジークが声を荒げるも、リーエンの踵が再びジークの足小指に振り落とされ、ジークは悶える。


「いやぁ、驚いたけど、母親想いなんだね、君」


 どうにか納得してくれたのか、男性はジークに微笑むが、ジークはチッと舌打ち一つ残してフードトラックのキッチンへと戻っていく。


「ところでお客様、まだ夕方頃なのに一通りが大分少ないように見えるのですが、何かあったんですか? 数週間前に開店準備で来た時には仕事や学校帰りの人で賑わっていたのですが」


 ジークが去って落ち着きが取り戻されたのを見越し、リーエンは男性から街の様子をうかがう。


「あぁ、近頃は行方不明事件が何度も起こっていてね。この前も一夜で三十人も行方不明者が出てしまったんだ」

「わぁ、そんな事が。怖いですね」


 ふるふると頭を震わせ、リーエンはわざとらしいまでの表情で怯える演技をする。

 だが、その眼光は目の前の情報を全てもぎ取らんとひっそりと鋭くなる。


「じゃあ、犯人の目星はついてないんですね?」

「あぁ、そうだね。被害者の唯一の共通点と言えば、この大通りを日常的に行き来してる、てくらいだ」


 そう言って男性はメニューへ視線を落とした。

 リーエンと、フードトラックのキッチンから顔をのぞかせていたジークは互いの視線を合わせ、無言で頷いた。

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