夜空の子守歌 p.3
「よーし! これで大丈夫だ! 我慢して泣かなかったんだね、偉い!」
転んで膝に怪我をしてしまった少年を連れたシャムは早々に救急箱を持ってきて少年の膝に絆創膏を貼った。
「あ、ありがとうお姉ちゃん」
少年は涙を浮かべるも、必死にそれを零すまいと下唇を噛んで耐えていた。
客席用テーブルでシャムと少年がそんなやりとりをする様を、メリッサはカウンター席で頬杖をつきながら見ていた。
シャムは少年の頭を優しく撫で、満面の笑みを浮かべる。
「走ってたけど、もしかして迷子? お名前は?」
「僕はジャン、迷子じゃないよ。お医者さんの所に向かってたんだ。お母さんが熱で動けなくて、でも、お父さんはずっと帰ってこなくて……」
ジャンはぽつぽつとつぶやき、シャムはうんうんと丁寧に頷く。
そんな二人を眺めていたメリッサは、ふぅ、と息を吐く。
「それなら、早く病院に向かいなさい。ここに薬はないわよ」
メリッサは普段の口調で淡々とジャンに言うが、平常時が仏頂面であるメリッサの表情は幼いジャンにとって冷たい印象を与えてしまったのだろう。
ジャンは少しだけメリッサを怖がって肩を縮めてほんのり涙を浮かべる。
『おいおいメリッサ、随分な塩対応だな』
メリッサの頭にルーズの声が響くが、ジャンにはその声は届いていない。
『仕方ないでしょ。私たちは喫茶店の運営以外、部外者と関わりを持たない方が良い』
メリッサとルーズが念話をしていると、そこにシャムの声も割って入ってくる。
『うーん、でもメリッサ、言い方がちょーっと冷たすぎるなぁ、て私も感じちゃうよ』
ジャンはメリッサとシャムが意味深に顔を見合わせているのを交互に見た後、視線を下に落とす。
「もう、病院閉まっちゃう。最近どこも閉まっちゃうの早いんだ」
そう呟き、こらえていたはずの涙を再び浮かばせ、シャムはメリッサへどうしてくれるんだ、とでも言いたげな表情を向ける。
ルーズは『やーい、泣かせてやんのー』とはしゃぎ、メリッサの罪悪感を盛大にかき立てる。
メリッサはピクピクと肩を震わせ、少年に気づかれないように、手元で煽り続けるルーズをきつく握りしめる。
「……はぁ。病院まで送るわよ」
メリッサの手元で『いたたた!』と叫ぶルーズを無視しながら、メリッサはエプロンを脱ぐ。
「え、でも、間に合うの?」
驚いたジャンの頭を、シャムがわしゃわしゃと乱暴に撫で回す。
「ふっふーん! お姉さん達に任せなさい! 私の足は早いんだから!」
いつの間にかシャムもエプロンを脱いでおり、ジャンを両手で軽く持ち上げ、肩車をする。
「うわわ!」
「このまま病院まで走っちゃうぞー!」
元気よくテーブルの周りをぐるぐると走るシャムを呆れた様子でメリッサは眺め、いそいそと店の戸締まりを始める。
「シャム、先にその子と病院に向かってて。どうせ客足はないし、お店を閉めるわ」
「ラジャー!」
明るく返事をするや否や、シャムはジャンを抱えながらダッシュで店を出て行く。
『二人も病院に向かって意味あるのかよ?』
走り去っていくシャムを見送りながら、メリッサは疑問を上げたルーズを見下ろす。
「どうせ誰も店に来ないなら、外で情報収集でもしたほうが良いでしょ。お店の宣伝は外回りに出たジークとリーエンの担当だし」
そう言ってメリッサは喫茶店の扉に飾った標識に本日閉店と書き記す。
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