夜空の子守歌 p.2

 晴れた日の午後、とある喫茶店の前に少女が一人、手を腰にあてて立っていた。

 長い金色の髪を左右二本に結い、少女がキョロキョロと頭を振る度にゆらゆらとウサギの垂れた耳のように揺れる。

 十代後半の少女は喫茶店のエプロンをインナーセーターの上から着用し、店の前の通りを眺めていた。

 秋に差し迫っていることもあり、流れてくる風に冷たさも感じるが、少女の首元に巻かれたロングマフラーがそれを守る。

 少女は一見冷ややかに見える表情とは裏腹に、内心では少しだけ困っていた。


「……暇ね」


 ため息交じりに虚空に向かって言うが、少女以外いないはずの空間に、別の声が響く。


『ケハハ! なんだよメリッサちゃん、開店初日早々、もう閉店のお時間ですかー?』


 煽るような男性の声が少女メリッサの頭に響く。

 メリッサはただでさえ鋭い目をさらに尖らせ、右手首に巻いていた黒いブレスレットを叩く。


『痛っ! 殴ることないだろ』

「腕輪らしく黙ってなさい、ルーズ」


 謎の声の主、ルーズという存在をメリッサは冷たくあしらう。

 端から見れば腕輪に話しかける残念な少女に見えるが、メリッサにとってはその光景も日常茶飯事だった。

 それよりも喫茶店のオープン初日だというのに客足が一つもないどころか、通りに歩行者の一人もいないのが問題だった。

 店の前の通りは石畳で舗装され、伝統的なレンガ造りの建物が並び立つ。

 それらが街に洒落た空間を彩るが、人通りがないと、途端に廃れた街に見えてしまう。

 時刻は夕刻にさしかかっており、日も傾いてきている。

 どうしたものかと途方に暮れていると、背後の店の扉が開く。


「メリッサー、呼び込みどうー? 暇すぎて死んじゃうよー」


 やや間延びした声で店の扉からひょっこり顔を出したのは、メリッサと同じくらいの歳の少女だった。

 少女はメリッサと同じデザインのエプロンを着用し、トレーニングウェアとホットパンツという組み合わせからスポーティさを感じさせる。

 明るい栗色の髪とパッチリとした瞳は少女の明朗快活さをこれでもかと表現する。

 少女はお店の雲行きの悪さからか、「よよよー」とわざとらしく泣き声を上げてきた。


「シャム、そもそも人が道を一切歩いてないわ。これじゃ客引きもなにもない」


 すっぱりと諦めたメリッサは無人の表通りに背を向ける。

 以前、下見に来た際はこの時間帯でも十分に人は通っており、近隣のお店も開いていたのだが、今日はどの店も閉まっていた。

 初日ということもあり、開店の段取りが悪く、メリッサ達の店が稼働したのは昼を大幅に過ぎたころだった。


「まだ荷物を部屋に入れ終わってないし、それに集中しましょう」


 メリッサは店内に入ろうとするが、扉の前に立つシャムはメリッサの後ろを見つめる。


「なによ?」


 つられてメリッサもシャムの視線の先へと振り向くと、大通りの真ん中で十歳にも満たないであろう男の子が一人走っていた。

 すると、何もないところで勢いよく転んでしまう。


「うわ! 大変!」


 そう言ってシャムは子供に向かって一直線に走り出し、「あ、ちょっと」とメリッサが声をかけようとしたが既に遅かった。

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