スリンガー -シングル・ショット-
速水ニキ
第1話 夜空の子守歌
夜空の子守歌 p.1
夜の空を覆うのは満天の星々と暗闇ではなく、不気味さを纏った紫色の空だった。
石畳で作られた道や伝統的なレンガ造りで作られた建物も、日中であれば風情が漂う見栄えのはずが、今や不穏と不安をかき立てる装飾に成り下がっていた。
人々が寝静まった時間帯であるにも関わらず、住宅街には歩行者がちらほらと歩いているが、全員の目の焦点が合っておらず、ふらふらともたついた足取りで道を歩く。
同じように歩いていた中年の男性がふと足を止めると、我に返ったようにびくりと頭を上げた。
男はしばらく目をぱちくりと瞬きし、辺りを見渡して戸惑いの表情を浮かべる。
「な、どうなっているんだ? 私は部屋で寝ていたはずじゃ……」
男は今自分が着ている服に視線を下ろすと、確かに寝る際に身につけていた寝間着を着ていた。
だが、寝た後に外へ出た記憶などあるはずもなく、裸足で外に出たからだろう、今更になって足裏の痛みに気づく。
男は戸惑いつつも近くを歩く歩行者を見ると、誰もが男と同じようにそれぞれの寝間着を纏い、裸足で歩いていた。
すると、男に習うように意識を取り戻していく者も現れ、男と同じように皆驚きと混乱の表情を浮かべる。
「……ん?」
ふと、男の耳に何かが聞こえてきた。
夜のそよ風に乗って、女性の声が波のように男の耳に入ってくる。
「これは……歌?」
歌が流れてくる道の先を見るが、真っ暗で何も見えない。
他の歩行者達も同じように暗がりの先を見ようと目をこらすが、途端、歌声が途絶える。
瞬間、巨大な釘のような触手が暗闇から飛び出ると、男の近くに立っていた女性の腹を容赦なく貫いた。
「う、うわあああ!」
思わず腰が抜けて男性は倒れるが、それが幸を期したのか、続けざまに飛び出てきた触手を偶然にも避ける。
だが、男はそれがただ数瞬だけ己の命を引き延ばしただけに過ぎないと悟る。
触手は次々と歩行者達の命を刈り取っていき、最後に残った男を囲むように男の周りをうねうねと漂う。
「あ、あぁ、ケイト、ジャン……」
妻と息子の名を零したが最後、幾つもの触手が男を貫き、瞬く間に絶命へと誘った。
町に黒い空と星の輝きが戻り、夜中の静けさが続く。
女性の歌声は空へと響き、夜の町を跋扈する。
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