第3話 雨の日はお空のおそうじの日
六月は梅雨の季節だが、朝の天気予報で日中は雨が降らないと言っていたのに、お昼過ぎた頃に突然雨が降られてはどうしようもなかった。
という訳でただ今、私は商店街の時計屋の軒先を借りて雨宿り中だ。しかし、携帯電話で天気予報を見ると、この雨はあと一時間くらいで止むそうだから傘を買う必要はないだろう。
アスファルトに落ちてくる雨音を聞きながら雨が止むのを待っていると、人通りが少ない通りにカッパを着た子供がやって来て、黙って私の隣に立った。
そして、そのまま五分近くが経ったので、小さな雨宿り仲間に声を掛けることにした。
「こんにちは、お嬢ちゃん。今は一人? お母さんか、お父さんはどこかな?」
しゃがんでその少女の目線に合わせ、出来るだけ優しい声で声を掛けた。
「わたし、ひとりだよ。おかあさんがあそんで(遊んで)くれないから、ひとりでカッパきてきた(来た)んだぁ」
そう答える少女は本当に楽しそうな笑顔をしている。
「そうか、一人でかぁ。それはすごいね」
そう言いつつ、雨が上がったら近くの交番に連れて行かないと、と思う。
「ねえ、雨がどおしてふる(降る)のか、しってる?」
相変わらずニコニコ満面の笑みで訊いてくる。
「ん? どうして雨が降るか?」
雨が降るのは、地上の温まれた空気が上昇気流で上空に持ち上げられて、その空気中の水分が冷やされて氷の粒になって再び地上に落ちてくる時に雨粒になるんだっけ。
「おとなのくせにわからない(分からない)の?」
「う、うん。大人にも知らない事はあるからね。よかったら、教えてくれる?」
こういう時の子供は誰かに言いたくて堪らないんだよね。
「あのね、雨がふるのは、お空がおそうじをしているからなんだよ。だから、雲の色がぞうきん(雑巾)と同じなんだよ」
自慢げに少女は言う。
「でね、ちゃんとお空がキレイになったらにじ(虹)が見えるんだよ」
「そう、お空が綺麗になると虹が見えるんだね」
「そうだよー。そんでね、つゆ(梅雨)に雨がいっぱいふる(降る)から、お空がいっぱいキレイになって、お日さまのあたたかい日ざしがいっぱいだから、なつ(夏)はあつくなるんだってぇ」
なかなか面白い発想をしているなぁ、この子は。
「それじゃ、冬が寒いのはどうして?」
私がそう訊くと、少女は目を輝かした。
「ふゆがさむい(寒い)のはね、あんまり雨がふらないから空がよごれちゃって、お日さまのあたたかいのがとどかない(届かない)んだって。だから、さむいの」
「そういう事は、誰から教えてもらったのかな?」
「おかあさんだよっ! おかあさんはね、わたしのしらない(知らない)ことを何でもしってるの、すごいでしょ!」
なるほど、この子の母親がこの面白いことを考えているのか。
「ほかにもね、カミナリはお空でそうじき(掃除機)をうごかしているの。それに、ゆきはお空がホコリをおとしているんだよぉ~」
掃除機にホコリと来たか。そんな風に天気を置き換えるとは、なかなか楽しいお母さんだな。
「君はお母さんのこと好きかな?」
「だいすきっ! でもね、すぐおこる(怒る)から、そのときはきらい」
「それじゃ、黙ってココに来たら、お母さんが心配するよ」
「しんぱいしたら、おかあさんおこる(怒る)?」
少女は笑顔から暗い表情になっていく。
「怒らないよ。心配するのは、君の事が大好きだからだもん」
突然、我が子がいなくなれば親なら心配しない訳がないからね。おそらくこの子の親御さんも相当心配しているに違いない。
「ホント? おこらないかな?」
「うん、大丈夫だよ」
その時だった、遠くから女の子の名前を呼びながら女性がこちらに歩いてくる。
「おかあさんだっ!」
少女の表情はパッと明るいものに変わる。
母親らしき女性もこちらに気づき、小走りでこちらに駆け寄ってくると少女の名前を口にして、少女のことを抱きしめる。
「まったく、もう勝手にいなくならないで。どれだけ心配したと思ってるの」
女性は口早にそう言うと、不意に私と目が合った。
私が事情を説明すると、女性は濡れたカッパを着たままの少女を抱きしめたまま丁寧にお礼をしてくれた。
「ばいばい~」
「ばいばい。もう、お母さんに黙って出てきたらダメだぞ~」
「うん、わかった」
少女は嬉しそうな笑みを浮かべて手を振り、それに私は手を振り返す。そして母親の方も少女の手を握ってまま頭を下げてくれた。
二人の後ろ姿を見送って五分も経たない内に雨は上がった。
「ようやく雨が上がったか。いや、お空が綺麗になったのか」
あの少女との出会いは退屈な雨宿りの時間を、楽しい時間へと変えてくれた。
ありがとう、小さなお天気博士。
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