第10話 脱落者
一番デスゲームを信じていないと思う人間を全力で殴る。シンプルかつ野蛮で暴力的なルールは肉体的苦痛を伴い、死を意識するには十分な刺激だった。
「私の番ね」
強く本を握りしめながら本城美里は震えた声を最大限隠しながら凛とした表情を作り発言する。誰の目に見ても無理をしているのは明らかなのだが、誰もそれを指摘はしない。
一歩ずつ床にうずくまる小泉律子に近づくその足音が異様に残酷なものに思えてくる。ただ殴るだけの行為なのだが、死刑執行を意味するような残酷性さえ感じてしまう。
一歩、また一歩と足音が近づくたびに今殴られるのではないかとビクッと怯えるように反応する小泉律子の姿に、先生としての威厳は欠片も感じられない。元々威厳の感じられにくい先生ではあったが、これほどではなかったはずだ。
見るだけとなっていた周りの参加者でさえ、その行動を抑止すべきかと悩むくらいに圧倒的な制裁の構図に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。生徒会の本城美里、教師である小泉律子。この二人に因縁があるという話を聞いたことはなく、今までも強い対立は見ていない。それでもこの場においては明らかな制裁の構図が出来上がっていた。
「・・やめて」
静かに行われようとする制裁の空気感の中、おそらく打撃の力では大したこともない本城美里の一発を恐れ、小泉律子は許しを請い始めていた。これは踏み絵のルールを適応すれば、負けを認めたと捉えられる発言である。
死ぬな。と制約をつけた身としては安易に負けては困るのだが、モニター越しに今の発言を取り消すことは出来ない。どうにか全員の敗北を阻止する方法はないかと、モニターを凝視するのも忘れるほどに夢中で考え始める。
「このままだと僕まで死ぬな」
デスゲーム開催で死のリスクを回避した気でいた僕に対してこれ以上心臓に悪いこともない。鳥肌もたち、寒気もする。しかし、僕が打開策を考える間にもモニターの向こうの時間も流れ続ける。
「そう。あなたが殴らないのは自由だけど、私は殴らないといけないの」
丁寧ではあるが、教師に向けた言葉というより憐れむべき弱者に向けるような冷たい印象を受ける。顔を上げることもしない小泉律子もうずくまったまま、小さく「やめて」とつぶやくことしかしない。
二人の距離が手の届く距離になった時、空気が引き締まるのを感じた。モニター越しの僕もその空気感を感じモニターを見る。
「悪く思わないで」
一言懺悔にも似た言葉をこぼした後、身体を守るようにうずくまる小泉律子の横腹を不格好に殴った。虚無を吐き出すような声をこぼした小泉律子は、それでもうずくまったまま体制を変えようとはしなかった。
「うずくまったままの先生が目の前にいます。
さて、踏み絵が出来なかったのは先生だけなので、先生は脱落ですね」
楽しそうに微笑む正木あおいの姿に恐怖すら覚える。僕はどうにか小泉律子を殺さない方法を考えるがいいアイデアは浮かばない。
ただ今までの傾向的に僕が提案したことや指示したことは一度も取り消されたり撤回されたことはない。つまり、主催者である僕が指示をすれば多分その指示は通るはずなのだ。
「先生を殺さずに、デスゲームを成立させる方法。。」
可能性としてはいくつかある。殺したように見せかけて悪魔をも騙し、小泉律子を逃がすという方法はまっさきに思いついた。しかし、悪魔を騙すなんて方法もわからないし、悪魔がどういう基準で人の生死を判断するのかもわからない状態でリスクが高い。
次に致命傷を与えるが、治療のしやすい致命傷の与え方をすること。そもそも医療知識も無いので賭け要素がでかくなる。悪魔も致命傷を与えた後止めを刺さないと許さないなんて細かいところを気にしないのではないかという仮設だ。死んだ瞬間悪魔に存在を消去されるなんて荒業を使われたら終わりだが、今の所そんな様子は見ていないので確率は低いだろう。
また、蘇生が可能な殺し方をするのもありかもしれないが、そんな器用な方法を僕が知っているわけもなく、死んだように見せかける手段が精一杯なのかもしれない。
しかし、ここまで考えて別の懸念に行き当たる。
「そもそも悪魔に死んだと認識させたら敗北条件を満たしてしまうのではないか」
致命的な欠点であり、死んでないならデスゲームではないし、死んだのなら敗北になる袋小路だ。悪魔は一体どこまで厳密なゲームを求めているのだろう。そもそも主催者を丸投げする時点で厳密さより、不確定要素を楽しんでいる節もあるが想像の域を出ない。
ただ、悪魔が死守したいのはおそらくこの3つ「デスゲームの成立」「ルールの厳守」「死の恐怖を味合わせること」。この中で必ずその場で死ぬ必要があるとは一言も言っていない。
屁理屈だとは思いながらもその前提で作戦を組み立てる。大切なのは参加者が負けたら死ぬと恐れながらルールを元にデスゲームに向き合うこと。つまり、その場で死ななくても参加者がその死の状況を恐れ続けたままデスゲームを実施できれば成立するのではないだろうか。
賭けにはなるのだが、これ以外に道はなかった。恐怖をそのままに、殺さないままゲームを継続する。その場で殺されない分デスゲームの恐怖が軽減する可能性は否めないが、むしろ気持ちよく一瞬で殺すのではなく、じわじわと死を待つ状況に追いやられる方がある意味恐ろしい状況と言えるかもしれない。
「これならなんとかできそうだな」
必要なのはこの工作のための協力を悪魔側にしてもらう必要があることだ。このままだと小泉律子は死ぬ。
モニターの向こうでは、未だに小泉律子がうずくまったままで、それ故に痛みで行動できていないだけだとか、時間制限だとか軽く揉めているのが見える。まだ工作の時間はありそうだ。
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小泉律子を踏み絵失敗とみなす。
別の部屋に拘束し、数日放置し餓死させる。
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デスゲームを成立させて悪魔の機嫌を取りながら、瞬時に殺される以外の選択肢を見せることで参加者にあたらしい恐怖も与えられる。これでゲームを無事終了すれば僕は少なくとも生き残れるし、このまま全員時間差で死ぬ死因を用意すれば誰も死なないデスゲームが成立する。はずだ。
仮設をいくつも並べながらも迫りくる時間にビビりながら、手紙を扉の下を通して外に渡す。誰も外にいないリスクも懸念したが、すぐに「了解」の旨の手紙が投げ込まれる。これならいけると確信し僕はすぐにモニターの向こうに繋がるマイクのスイッチをオンにする。
「踏み絵の結果、小泉律子を仲間外れとする。
小泉律子は餓死するまで別室で拘束させてもらう」
出来る限り冷たく言い放ち、すぐにマイクをオフにして様子を見る。最初は絶対に殺さないという気持ちだったにも関わらず、今は「できれば」と思っていることに気付きデスゲーム主催者的な思考に毒されていることに気付き、少し悲しい気持ちに浸る。
「え、餓死って本気?」
小泉律子に止めを刺したとも言える本城美里は、想像していなかった小泉律子の処遇に驚いたようだった。
しかしその一言を最後に、誰もが先程より絶望の顔を浮かべしばらく無言を貫いた。その場で殺されれば叫ぶなりしながら本能的にストレスを発散できるかもしれないが、じわじわと近づく死のリスクは精神も肉体も蝕んでいった。
「回収するぞ」
100均で売っていそうなピエロのお面をかぶった学生服の男が二人現れ、うずくまり動こうとしない小泉律子を抱きかかえて運び出す。力技なところをみると体育会系の部員なのだろうか。悪魔の不思議な力で簡単に片付けるのではなく、毎回学生を使うあたり、デスゲーム自体よりもそれに強制的に手を貸さないといけない人間の反応こそが目的なのではないだろうか。趣味が悪い。
こうして残ったメンバーは「本城美里」「山崎健二」「柴崎蓮司」「正木あおい」の4人。
小泉律子が離脱し僕が死ぬリスクが軽減されたことで、僕は無意識に早めに終わらせるためならもう少し過激なゲームでも良いと思い始めていた。
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