第9話 踏み絵

正木あおい。

ゲーム開始時に突如自分の有用さをアピールした彼女。その後は特にそれらしい行動も起こしておらず、オカルト研の評判に嘘偽りがないことを証明する。


オカルト研は、未知の力や未開の真実に魅了されており、時折意味のありそうな行動をして周りを驚かせる。しかし、その行動によって何かが起きたこともないので、今や誰もその言動に言及するものはいなかった。


「仲間ハズレ探し、デスゲームで本当に人が死ぬと思っている人」


冗談を言うようでも誰かを攻めるようでもない彼女の口調に僕は寒気を感じた。当たり前のように「疑う余地も無いのに疑うのか」と言わんばかりの威圧感がある。決して強い言い方をしているわけでも凄んでいるわけでもない。しかし、嫌な雰囲気を感じるのだ。


「ぼ、僕は信じていますよ。でなければこんな茶番に従わない。

 それにゲームはルールや取り決めが絶対だから面白いんだ」

「私も信じているわ。けど本当にこんなふざけた遊びは許せない」

「自分も信じてます!押忍ッ」

「信じているが私を含めて三人。口を閉ざす小泉先生に皆注目が集まります。

 わ、私はもちろん死ぬゲームだと信じています。」


小泉律子、僕の担任だけがまだ口を開かない。まさかこんな誤魔化し放題なお題で自ら負けを選ぶと言うのだろうか。死ぬなと言う制約をつけた以上、本当に殺されるなら制約違反で全員敗北だ。おそらく皆死ぬことになる。


まさかそんな馬鹿なことはしないだろうと祈りながら、モニターを覗き込む。どんな気持ちでいるのかはわからないが正木あおいは口元を緩め、同じように小泉律子の様子を伺っていた。


「小泉律子、答えを」


我慢できずに僕はモニター越しに催促をする。何か行動をすることで安心したかったのかもしれない。本当に殺されると思っていなければ、ここで負けてもいいことになる。しかし、万が一にも本当に殺されるのであれば、そんな決断は許されないのだ。


デスゲーム自体にも、デスゲーム主催側にいる僕に対しても心底軽蔑していたように見える小泉律子は、このゲームの強制力を理解しながらも、信じると口に出したくは無いのかもしれない。しかし、自分の命を賭けてまでそれを通すのだろうかと僕はモニターを注視する。


「信じています」


小泉律子は静かにそう答えるが、正木あおいは言葉をかぶせるように少し楽しそうにも見える大きめな声を上げる。


「小声で答える小泉先生に対して、安堵する他参加者の皆様方。

 私、みなさんの言葉が真実かどうか確認する必要があると思うんです。

 このゲームで嘘は一番許されない行為じゃないですか?」


僕よりも、間違いなく彼女はデスゲーム主催者に向いている。このゲームをすることが、ルールを守ることが正しいことだと心から信じていそうな彼女の言動にそう思わずにはいられなかった。


「唖然とする参加者の皆様の視線が私に集まっています。

 皆様には踏み絵をしていただきたいと思います」


唖然とするのもそのはず、発言のたびにもじもじした根暗な女の子かと思いきや、デスゲーム主催者ばりの仕切りを堂々とやってのければ誰だってそうなる。


主催者の僕が想定しない形で踏み絵という何かが始まる流れができている。本来なら止めるべきなのかもしれないが、何を指しているのかを知りたいという知的好奇心は抑えきれず、彼女の発言から目が話せなくなっていた。彼女の雰囲気に主催者の僕さえ飲まれていたのだ。


「引き続き戸惑う皆さまは状況を掴めないと言った表情を浮かべています。

 このゲームで負けることは即ち死。つまりデスゲームのルールを信じているなら、自分が死なないためになら、なんだって出来るに違いありま...」

「何を言っているの!早く終わらせたいのにややこしくしないで!」


さっきまで静かにしていた小泉律子が珍しく大声を出して口を挟む。相手の発言が終るのを待たずに大きな声を上げた。ずっと静かにやり過ごすのかと思っていたが、すぐに死ぬようなゲームではないために特に口出しをしなかったのだろうか。


「声を荒げる先生が目の前にいます。なぜでしょう。

 今は私の番で、ルール通り回答の信憑性を確認するってだけじゃないですか」


正木あおいの「発言の前に今起きている状況を説明する」という制約のせいで、発言のたびに違和感を感じてしまうが、気にしている余裕もない。しかし、一体何をする気なのだろう。自分自身がモニターの向こう側の人間でなかったことに心底安心しつつも次の展開を見守る。


息を飲み、次の発言を待つ僕の足に何かが当たる。モニターに集中している間に扉下から再度紙が投げ入れられたようだった。今このタイミングで特に欲しい情報はなかったが、渡されたなら見ない手はない。紙を拾うとすぐにモニター前に戻り、何も起きていないことを確認しながら紙を確認する。


---

デスゲームで死ぬと信じる証明手段は下記を用いること。

・一番デスゲームを信じていないと思う人間を全力で殴る

---


見ての通り参加者の体格差は明確だ。筋力も身体の強さも違う。正木あおいは誰に殴られても重症を負うイメージが拭えないし、野球部の山崎健二が殴れば誰だって動かなくなるだろう。


「仲間ハズレで無いことは行動を持って示してもらいたい」


変な話にならないうちに、僕は発言をしようと即座に声を出した。この指示書に違和感を覚えないわけではない。しかし、どうすることも出来やしない。それでも発言のタイミングくらいは自分で決められる。最悪を防ぐことが今、僕にできる唯一のことだった。


「一番デスゲームを信じていないと思う人間を全力で殴る。

 これが出来ない人はデスゲームを信じていないとして敗北とする」


じっと静かに聞いていた参加者たちの思い思いの声が聞こえる。しかし、誰も辞めようとは言わない。反論の一つもしていいだろうが、それ以上にやる前提でどう立ち振る舞うかに頭がいっぱいなのだろう。


「全員がソワソワとしています。

 わ、私が責任を持って先陣を切ります」


そう言い終わると全力で振りかぶり、小泉律子を殴る。声質は弱々しく、おとなしい少女を思わせる正木あおいの声に今やそのままの印象を持つことは出来ないが、それでも声と行動のギャップを感じえずにはいられない。先生は殴られたお腹を抑えうずくまり、その横で手首を押さえて正木あおいもうずくまる。


「な、殴ったときにひねった手首の痛さに私はうずくまります。

 いたい、いたい、、」


痛いと呟くだけの時でも制約を守る律儀さに感心しながらも、その躊躇のなさに恐怖を感じていた。他のメンバーもおそらく同じなのだろう。誰一人、声をかけることもせずその場に立ち尽くしていた。


「じゃ、僕も」


静かな視聴覚室に柴崎蓮司の声が響く。発言したかと思うと、野球部の山崎健二に

殴りかかる。左頬に思い切り入った拳は彼の顔の向きを変えさせ、体制を崩させるが、しかしそれだけだった。


「殴るのを自分にしてくれてありがとうございます。押忍ッ」


痛みが理由ではないだろう涙をうっすら貯めながら彼はそう返した。そして、彼はそのまま柴崎蓮司の腹を殴る。呼吸に繰り返し失敗する苦しそうな声に、聞いてる方まで痛みを感じてしまいそうで耳を塞ぎたい気持ちになるが、情報を少しでも取り逃すわけにはいかない。僕はそれをただ見て聞いていた。


うずくまりながらも柴崎蓮司も恨むような目を向けることなく、ただ悲しそうな表情を浮かべる。普段なら目にすることがない歪んだ何かを感じていた。


行動をしていないのは残り二人。痛みにうずくまって倒れる小泉律子と、すぐ横でそれを見つめ続ける本城美里。小泉律子が立ち上がるのを待っているのか、痛みに耐え、小泉律子が立ち上がるまで状況が変わることはなかった。

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