第8話 『仲間ハズレ探し』
「それではデスゲーム一回戦『仲間ハズレ探し』開始です」
沈黙。
開始の合図に誰1人反応をしない。モニターには柴崎蓮司の余裕のない表情、本城美里のうつむく後ろ姿、山崎健二の緊張で強張ったガタイの良い身体、正木あおいの震える小さな背中に、小泉律子の力無い横顔。これから理不尽に殺されるかもしれないというのに、騒ぐ気力も感じさせない。
元気の余った参加者はすでに退場しているというのもあるのだろうが、デスゲームにしてはいまいち盛り上がりを感じない。これが現実だ。得体のしれない死のゲームが始まるこの場所で、騒げるほど度胸がある人はいないのだ。
「柴崎蓮司から始めてください」
このゲームの発案者であり、小柄で姿勢と目付きの悪い卑屈そうな男である。メガネを触るのは彼の癖なのだろうか。何度もメガネに触れながら周りを見渡している。しかし沈黙を破ったのは彼ではなかった。
「い...」
突然立ち上がった物音と共に正木あおいの言葉にならない声が小さく響く。心許ない声量ではあるが、静かな視聴覚室ではその小さな声もよく聞こえた。
「今、この場は沈黙に包まれています。処刑台に立たされている気分です。
私は、こう見えて多趣味なので、資格もたくさん持っています。
協力ゲームでは役に立ちますので、残しておいたほうがいいと思います...」
突然の発言、突然の有能発言に言葉を失うが、正木あおいは発言を終えると満足したのか着席した。忘れずに「発言前に状況説明」の制約も果たしている。
こうして運営主導だったデスゲームの空気感は崩れるが、数秒の間を置いて柴崎蓮司が我に返ったかのようにゲームを進行する。正木あおいの発言の真意を探る余裕などなかった。
「仲間ハズレ探し、昨日学校にいた人」
普通の学校であれば違和感のあるお題かもしれない。しかし、この学校ではテストを受ける日が人によって異なることがある。この学校では、学年・クラスによって授業が決められているのではなく、単位制と呼ばれる取得したい単位を自分で決めて授業を取る制度が適応されている。
それでも制限は存在し、学年ごとに必修科目は存在し、必ず受けなければならない授業はある。その日程はほぼ確実に学校にいるはずである。
しかし、その必修科目のある曜日は月・火・水に固まっていて、今日は金曜日。昨日は必修の存在しない日。更に昨日は選択できる授業は偏っていて、やたら理系科目が多いのだ。
部活参加者や教師は学校に来ているだろう。
理系の柴崎は一番忙しい日程が木曜日だ。
つまり、学校にいなかった可能性が高いのは文系で部活に所属していない「本城美里」ただ一人。
彼女は生徒会所属ではあるが、生徒会の集まりは火曜日。彼女が担当する会計はイベントや学期の境目が忙しく、通常は毎日生徒会室に詰めることも無いはずである。
「お題に当てはまるか順番に回答します。私は化学のテストを受けていました」
「自分は部活をしていました押忍ッ!」
「私はテストの試験監督をしていたわ」
「僕も化学の授業を受けていた」
自分の無実を証明するかのように矢継ぎ早に回答される中、本城美里が発言する直前に柴崎蓮司が回答し「いなかったんだろう?」という目線を向ける。
視線を向けられ伏目がちに目をそらすが、言いにくそうに躊躇いながらも口を開く。
柴崎蓮司の表情がにやりと歪み、空気が張り詰める。
「か、彼氏のテストが終わるのを、生徒会室で待ってたわ...」
指先が赤くなるくらい本を強く握りしめながら、耳の先を赤くしている。耳の先が赤いのは彼氏の存在を露わにした恥ずかしさからか、この場を屈辱的な暴露の場と捉え怒りを覚えているのか、モニター越しの表情からは読み取れない。
「嘘じゃない証拠は?誰も確認できないから嘘をついている可能性もあるじゃん?」
本城美里を狙い撃ちしていた柴崎蓮司がすかさず疑いに入る。事実、証明できないことを言えば通るのであれば誰もが証明できない嘘で逃れることが出来てしまう。それではゲームが成立しない。ゲームを成立させるには納得できる証拠を出してもらう事が前提条件になる。
「...彼氏は生徒会長よ。生徒会室で会っていることが多かったの。
帰りに生徒会室の鍵を二人で返しに行った姿を小泉先生は見ているはずです」
「ええ、二人が生徒会室の鍵をよく返しに来ていたのは知っているわ」
質問のたびに個人情報を晒す本城美里は、一言一言渋りながらもはっきりと発言する。生徒会として登壇する機会も多かった影響か、彼女の声は本人の意思とは関係なく聞き間違える余地なく正確にはっきりと聞こえてくる。
「付き合ってるって生徒会室で話してるだけじゃ、証明出来ないだろ」
「...そんな」
このチャンスに一人脱落させることが出来れば、自分の死のリスクが下げられる。柴咲蓮司は気付かないうちにこのチャンスに執着し始めていた。
「彼とは学校で夜、天体観測をしたことがあるわ。二人で」
「それを証明する手段はないだろ」
「彼と二人で撮った写真があるわ」
「もちろん友達とは撮らないようなツーショットだよな?」
半ば難癖のようになってきたやり取りの最中、視聴覚室の管理ルーム、僅かに空いたドア下から紙が滑り込んでくる。何か書いてあるようで気になり難癖をつける柴崎蓮司を横目に紙に目を通す。
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本城美里の彼氏は生徒会長で、アリバイも確認済み
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この情報をどれだけ信用していいかわからないが、本城美里がこんな手回しをしているとも考えにくい。外部と連絡をとっている様子もなかった。信じるしか無い。
「本城美里の主張を認め、ゲームを続行してください。
仲間ハズレはいませんでした」
デスゲーム主催者として、決定事項として今知った事実を伝える。
参加者からしたら既に色々な情報を知り尽くしているように見えるのだろうか。少し優越感を感じながらも次の展開に備えて気を引き締める。
「はぁ?クソゲーかよ」
柴崎蓮司の一声目は今すぐにでも文句をつけてくる勢いがあったが、すぐにそれは大きめな独り言に変わる。本来なら文句をつけるタイプなのかもしれないが、文句をいった人の扱いを見ているからこそ、文句は言えないのかもしれない。
個々人のプライバシーは侵害する可能性はあるが、心理戦のようで、しかし危険度が低い。このまま続けばこのデスゲームは案外平和に終わるのかもしれない。懸念があるとしたらデスゲームではないと判断されることだ。
「一回目のお題が無事終わり、安堵と苛立ちが入り乱れています」
切り替えが早かった正木あおいは制約である状況説明を終えて、小さく深呼吸をする。最初はほぼ縦に並んだ参加者たちだったが先程の騒ぎの際に小泉律子が前方に席を移動したことで、結果的に円状に座っていた。状況が状況でなければ仲の良いグループがゆるく雑談をしているようにも見えるだろう。
最前列:小泉律子 本城美里
中列 :正木あおい 山崎健二
最後列:柴崎蓮司
次のお題は柴崎蓮司の前に座る、正木あおいの順番となった。
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