第6話 5分後に迫る制限時間

「次の人」


モニターの向こうではざわめきこそ起こるが誰1人として僕の声に応える人はいなかった。こちらに悪意を持ち、反逆をしようという雰囲気ではなさそうなのだが、誰も自己紹介を始めようとしない。


学校の授業中でも、面倒な先生のお願いでもおなじみのアレだ。誰かやってくれる人、と聞かれると誰も答えない他力本願。誰もリスクを背負いたくないのだ。今だって積極的にデスゲームに参加したい人だと思われたくないのだろう。


「前に座っている人から順番に自己紹介をしてください」


少し苛立ちが籠もってしまったのか、モニターの向こう側の緊張感は更に高まる。言い訳にはなるが、僕も被害者なのだ。あと5分でデスゲームを始めないといけない。ギリギリのラインを走っているのだ。間に合わないなんて許されない。


本城みさとのすぐ後ろに座っていた活発で健康的な男子生徒。

「1年C組の山崎健二です。野球部、趣味も野球です」


その左後ろで姿勢悪く座っている小柄でおとなしそうな男子生徒。

「俺は3年D組の柴崎蓮司だ。帰宅部で、趣味はゲーム」


その後ろ、メインルーム中央左あたりに座っている、小柄な黒髪ボブな女子生徒。

「わ、私は、1年A組の正木あおいです。

 オカルト研に所属していて、その、趣味は人間観察です」


順調だ。手元で自己紹介の内容をメモしていく。授業中の板書をきれいに取ることにこだわっていた時期があったおかげか、こういうメモは得意だった。いい感じにキャラもバラけていて、デスゲームに向いている人たちじゃないだろうか。そんな順調さに余裕を見せていると、荒々しい物音が聞こえてくる。


「お遊戯会が始まるんなら俺は帰るぜ。

 怪しい集団が下校せずに溜まってるって報告するけどそれくらい問題ないよな?」


一番うしろに座っていた、茶髪のガタイの大きな男子生徒がそう高らかに声を上げる。生活指導の教師と口論しているところを何度か見たことがある。よく見れば服装も少し崩している。校則の厳しい我が校では珍しいタイプの人間だ。


デスゲームってこういう人も定番で、案外後半でいい活躍してくれるパターンもある。なにより今は直接被害を受けないモニターのこちら側にいる為、ケチを付けられてもいうほど怖くない。むしろデスゲーム的な盛り上がりに貢献してくれるのはとても助かる。


「お前らさ、こいつが本当に俺らを殺せるような力を持っていると思ってんの?

 ハッタリだろ。誰のいたずらか知らねぇけど、付き合いきれないよな?」


まずい。無害だと思っていたがそうではなかった。他のメンバーが参加しない理由を提示することも懸念ではあるが、それ以上にこの男に気分よく演説させ続けることで時間が際限なく消費されてしまう。それは避けなければならない。


18:27。

既に残り時間は3分しかない。今この瞬間においては1分1秒が命取りになる。


モニター越しであればこちらは被害も受けないが話しかける以外の直接干渉も出来ないのはまずいかもしれない。もっとも直接干渉出来たところで、僕がどうにか出来るとも思わないのだが。


茶髪の男がなにか言いながら、つい先ほど自己紹介をしてくれた正木あおいに近づいて行く。危険だ。正木あおいは恐怖からか、ただでさえ小さい体を更に縮こまらせていた。


不安げに数歩後ろに下がったようだが、距離は瞬時に詰められる。手の届く距離に近づいた所で茶髪の男が大きく腕を振りかぶる。危険だ。この体格差で思い切り殴られれば、デスゲームを始める前に1人脱落する恐れがある。デスゲームのルール上であれば蘇生措置があるが、今殴られればそれはただの暴行事件だ。


どうにか手を振り下ろさせないように説得する言葉を懸命に模索するが想い届かず、メインルームには鈍い音が響いていた。嫌な音だ。おそらく人間を殴ったときにしか聞かないような強打の音。


僕はデスゲームの主催者という立場ではあるものの、暴力は得意ではない。銃で撃ち合ったり、剣で切り合う映画なら見れるが、殴り合いはリアル過ぎて好きじゃない。本来なら見たくもない。しかし、今はデスゲームの主催者として行動しなければならない。


既に死んでいるかもしれない正木あおいを確認するのは平和な生活を満喫していた僕には酷なものではあったが、勇気を出してモニターを確認する。しかし、そこに倒れていたのは茶髪の男だった。


−正木あおい、実は強いのか...?


いくつかのモニターを確認するが、間違いなく倒れているのは茶髪の男で、正木あおいは無事である。しかし、状況をよく確認すると、茶髪の男を倒したのは正木あおいではなく、隣に立つ大柄な男が倒したのだと推測できる。彼は最も入口に近い右一番うしろの席に座っていて、今この瞬間まで静かにそこに座っていた。


「こんなに派手に動くタイプだとは思わなかったな」


律儀にマイクをオフにしてまでそう呟いたが、その独り言に被るタイミングで大柄な男がこちらに向けて話しかけてくる。茶髪の男をパンチ一発でうずくまらせている男の発言だ。どんな要求をされても堂々とはしていたいが、直接乗り込まれたときのことを考えると正気でいるのは難しいと言わざるを得ない。


「主催者の方、彼は私が責任を持って連れ帰ります。私の制約は”ゲームを崩壊させないこと”。制約を守るために彼を連れて外に出ても良いでしょうか?」

「も、もちろんです」


圧倒的な力を見せつけた大柄な男は暴れる茶髪の男を押さえつけながらこの場を去っていった。予想外の展開ではあったが、このデスゲームにどんな大きな力が関わっているかを示す結果となり、デスゲーム主催としては図らずとも都合の良い展開になっていた。


出口に近いあの位置に座っていたのも逃げ出す人や妨害してくる人に対応できるようにするためだったのだろう。主催者とはいえ、知らない関係者が多すぎる。せめてどんなサポートが付いているのか教えてくれてもいいのではないだろうか。


−デスゲーム主催者さえも監視対象だと誰かが伝えたいかのようだな...


色々なものに憤りを感じつつも、主催者としてゲームを進めるべくモニターを通して参加者の数を数える。5人。これ以上減らすわけには行かないが、誰を選別するべきか考えなくて良くなったのは良いことかもしれない。選び方も選ばなかった人間の扱いもわからないのだ。もう時間はない。少ない時間を無駄にしないようデスゲームの準備を進める。


「では改めて制約を告げる。

 本城美里、発言時には本を持て。

 山崎健二、語尾に『押忍ッ』をつけろ。

 柴崎蓮司、デスゲームの内容を考えろ。

 正木あおい、発言の前に今起きている状況を説明しろ。

 小泉律子、死ぬな。

 以上。この制約をデスゲーム終了まで守るように。

 従わない場合は死ぬことになると覚えておいてください」


威厳のある発言、徐々に出来てきた気がする。少しくらい制約の内容が弱くても威圧感のある雰囲気で誤魔化そうと躍起になる。その割に言葉が弱いのは僕の性分なのだろう。喧嘩なんてしたことはないし、人を見下す態度を取るやつはいけ好かない。


でも今はこうするしかないのだ。制約だって僕を助けるための条件を含めさせてもらった。正直情報も時間も足りなすぎるのだ。自分の都合の良い人間を制約によって生み出すくらい、主催者特権で許してくれてもいいだろう。今の所咎められる様子もないし大丈夫。


「小泉律子って先生じゃん」

「死ぬなって優遇されすぎではないですか?」

「デスゲームの勝者は決まっている出来レース...?」


モニターの向こうでは自分たちの制約よりも、担任である小泉律子の制約について疑問が上がっているようだ。時間を短縮したいあまり、担任には自己紹介を求めていないし、職員室で会ったときに咄嗟に制約を決めてしまったので、不平等感が出るのもわかる。


−ミスったか


デスゲームが始まっていない段階でこの失態。先が思いやられる。こんなこと慣れていないのだから仕方ないと自分に言い聞かせて平静を取り戻そうと試みる。デスゲーム主催者は動揺を見せず冷酷に振る舞わなければならないのだ。必要ならミスも握りつぶす。多少違和感があろうとも。やり遂げてみせる。


「これからデスゲームを開始する」


参加者の疑問に答えることなく、おおらかに、力強く宣言する。デスゲームの内容すら決まっていないのにも関わらず、さも当たり前のように宣言をする。参加者もざわめきこそするが、誰一人として意義を唱えるものはいない。誰もが自分の運命を決めることになる次の言葉に耳をすませていた。


18:29。

残り時間1分未満。

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