第4話 一人目の参加者

見つけた手紙を雑にポケットに突っ込み、荒れた息を整えながら声のする方向にあるき始める。デスゲームの参加者を見つけるためである。


「気が弱い女の子は避けてあげたいよな...

 でも入れた方がデスゲームっぽくはなるかな」


あまりに可哀想な人は参加させたくない気持ちもあるが、デスゲームとしての要素が満たされない場合、僕が死ぬことになる。僕のせいでひどい目に会う人も耐えられないが、自分の安全はどうしても確保しておきたい。


「僕も自分勝手だな」


デスゲームで加害者になりたくないと、他人を苦しめたくないと思っていたはずなのに、いざとなると自衛のことばかり考えてしまう自分に嫌になる。しかし、嫌になり自己嫌悪に陥る時間さえないのが現状だった。


「残り23分で5人の参加者を探さないと」


単純計算で4分に1人くらいの間隔で参加者を見つける必要がある。見つけるだけではなく参加して貰うまで含めて4分である。絶望的である。なぜ現実と受け入れず、あの時に寝てしまったのか悔やまれる。あの警備員のおじさんも少し早く声をかけてくれてもいいはずだ。


「俺さ。絶対サカキは強いと思うんだよな」

「笑うわwあれは絶対雑魚でしょ」


廊下を歩いていると少し先から声が聞こえた。下校時間を過ぎているというのに、廊下で雑談しているのは少しガラの悪そうな男子生徒のようだ。部活に入っているわけでもなく、この時間までここで溜まって話していたのだろう。


−この人達なら参加させてもいいだろう


心のなかで悪魔がささやき、次の瞬間、僕は彼らに声をかけていた。一言目は何が適切なのか考える前に足が動き始めてしまい、内心動揺しながらも男子生徒に近付きながらなんとか言葉をひねり出した。


「ごめん、もしよかったらゲームに参加しない?」


僕は正しい選択が出来ただろうか。そもそも話したことのない相手に馴れ馴れし過ぎた気がするが、口から出てしまった言葉を訂正することは出来ない。このまま突っ走るしかない。男子生徒の顔が訝しげに歪むのを確認し、発言をなかったことにしたかったがもう遅い。


「え、お前何言ってるの?」

「俺ら遊ぶ友達に困ってないからゴメンなww」


どうにか二言目で挽回しようと頭を回転させるがもう遅い。僕を嘲笑うように談笑しながら二人の男子生徒は目の前から去っていった。決して隙が全くなかったわけではないのだろうが、自身を否定されたかのような発言に身体が硬直し、何も出来なかった。


「くそっ」


予想以上に難しい。言われてみればデスゲームに参加しませんか?って誘いなんてしたことないし、知らない人に突然話しかけて遊ぶなんて幼稚園の頃が最後かもしれない。そもそも声をかけている僕でさえ突然ゲームに誘われたら断る未来しか見えない。


詰んだ。状況から言えば最悪の状態だ。デスゲームに適任と思われた二人の生徒はそもそも相手にしてくれないのだ。校内にどれくらい人が残っているかもわからない。残っている人がいても話を聞いてもらえる自信だってない。


「どうするかな...」


死を覚悟したとはいえ、こんな終わり方は想像していなかった。失意のまま死の瞬間を待つなんて悲しい終わり方があっても良いのだろうか。半ばあきらめながらもどうせ死ぬのだからと校内を歩くことにする。


保健室、最初は何度もお世話になるのだろうかとか、保険の先生は美人なのかとワクワクしていたものだが、お世話になることはなかった。健康診断の時以外、先生の顔を見ることさえあまりなかった気がする。


校長室、一度くらい校長室の偉そうな椅子に座りたかった。なんてことない野望だが、もうそのチャンスもないのかと思うと惜しくなる。もうすぐ死ぬ人間なのだから、窓を割って侵入しその野望を実現してもいいはずだが、それが出来ないのは気の弱さなのか、優等生が染み付いてしまったのか。どちらにせよ性分を呪う。


職員室、悪事で呼び出されることはなかったが、緊張する場所であることは変わらない。無意識に担任の席に近づいて歩いていくと、誰にもいなかったように思われた職員室のその場所に、まだ担任が座っていた。そして、担任は僕の方に向けて、一言呆れたように呟いた。


「貴方が主催者ですか?」


どういう表情をしていたかわからない。でも、見知った顔の言葉を受け、死を受け入れ強張っていた心が緩んだ気がした。もう少し気を抜いたら泣いていただろう。担任との関係性はあくまで担任と生徒。それでも見知った顔が関係者にいることは心強い。


「先生はデスゲームの参加者なんですか?」

「質問に質問で返すのは頂けませんね

 でもそうですね。参加者ということになります」

「すみません...その、僕も主催者ということになるようです」


日常が戻ってきたような錯覚を感じるが、気を抜いてはいけない。時間がない状況は変わらない。それでも5人中1人の参加者を見つけたことは大きい。ここから残り4人を見つけるのも二人がかりなら行けるかもしれない。


「あと、4人参加者を見つけなければいけないんです。先生も手伝っては頂けませんか?」


デスゲームの主催者が、参加者に対してこんな相談をするなんて馬鹿げている。そんなこと僕だってわかっているが状況が状況だ。そんなことは言っていられない。最初に見つけたのが知らない人であればこんなお願いも出来たものではないだろうが、見知った相手で本当に良かった。これで状況が好転するはずなのだ。


ペシッ


ふいに弱々しい破裂音が職員室に響き渡る。何が起きたのか理解できず呆然とする。瞬間、頬にほんのり痛みを感じ、ビンタを受けたことを悟る。担任の方を振り返るとそこには涙ぐんで恨めしそうな表情を浮かべた担任がいた。


「先生、どうして...」

「こちらのセリフです。なんでこんなひどいことを」

「誤解です!僕も被害者のひとr」

「信じられません。見損ないました」


担任は声を荒げることもなく、静かに悲しそうに吐き捨てる。なんと説明していいかわからない。僕だって自分が参加するデスゲームの主催者に出会って冷静でいられる自信はない。僕の弁解を聞いてくれるような素振りは一切なく、声を上げずに悲しそうに泣く担任に対して、僕はどう接していいかわからなかった。


「来ないで...もう帰って。他の参加者を探すのでしょう」


取り尽く島もなく、話も聞いてもらえず、わかってもらえない。出来るなら協力者として良い関係でこのゲームを乗り越えたかった。でもそれが出来ないのであれば、既に参加が決定している担任に対してやるべきことはひとつだった。


「僕がデスゲームの主催者です」

「これから貴方にはデスゲーム参加に伴い、制約を決めさせてもらいます」

「貴方は決して死なないでください。それが貴方の勝利条件となります」

「よろしいですね?」


僕は一人の生徒ではなく、同じ被害者としてでもなく、ただ冷酷なデスゲームの主催者として接することにした。同じ被害者として話しかけるより、話が早いのは間違いがないだろう。強行策に思えたが仕方がない。時間がないのだ。それでも先生には死んでほしくない。制約は生きてもらうことにした。


「最低...わかりましたけど」


心底幻滅したような表情で、敵意たっぷりに担任はそう答えた。悲しい。悲しいが、仕方がないのだ。こんなにも軽蔑されることは人生で二度とないと言い聞かせながら、恨めしい承認の返事を確認し、その場を後にした。


18:19。

残り時間11分。

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