4年ぶりに、“新しい年”が来る

 夫は多忙ゆえ。わたしは不調ゆえ。夫婦で「楽しいこと以外、何もしない」と決めた大晦日。例年通り、ひと駅向こうの蕎麦屋で蕎麦を買い、天ぷらも入手して、家路を急ぐ。


 西へのびる道の向こう、夕暮れが終わろうとしている。もうすぐ夜が来て、日付が変われば新年だ。


「2022年も暮れていくねえ」


なんの気なしにそう言うと、夫が「来年は……」と口を開いた。


「来年は、あの資格を取って、こんな勉強もしたいな」


仕事していて、いろいろな不足があるってわかってきたから、とつづけた。乾いて冷えきった空気のなか、夫はまっすぐに黄昏を見据えていた。その表情を見て、空気が澄んでいることを、突然に意識する。


 2019年、夫は生き方を変えた。というか、変えざるを得なかった。その年の暮れは惑いと不安の中で暮れていった。


 2020年、夫は焦りをたびたび口にした。年の瀬はなおのことだった。「今年も終わっちゃうのか、マジか。何もやっていない」と頭をかかえていた。


 2021年、夫は新しい環境に身を置いた。それでもやはり、年末には「こんなスローペースでだいじょうぶかな」とぼやいていた。


 2022年、新しい環境も板につき、夫は次第に忙しくなってきている。


 そして、2023年。4年ぶりに、夫に新年がやってくる。年が切りかわること。それをまっすぐに受け止め、未来に、来年に期待を託すこと。それは案外、充実を感じていないとできないことだ。ひょっとしたらこの前向きな“一新”は、夫は2019年以前にも感じなかったものかもしれない。


 ふたりで並んで歩く。夜空に星がきらめきはじめる。

 やがて日が昇り、新しい年の新しい一日がやってくる。何かが終わり、何かが生まれる。それでいい。それがいい。年の瀬にただただ焦りだけを感じていたわたしの心にも、平穏が訪れる。


「あっ、ケーキ買っていこうよ!」


 わたしの思いつきで、お年賀を求める人でごった返す洋菓子店に突入する。店内の焼き菓子ボックスには、金や紅白の水引がかかって、いかにもめでたい感じ。


 おいしいケーキを食べて、新しい年を寿ことほごう。あとのことは、それから考えて。それでいい、それがいい。


「紅白歌合戦までに蕎麦をゆでて、食べて……」

「間に合わなくない!?」


わたしたちはケーキの箱を抱きしめて、年の瀬の終わりの終わりへと駆け出した。


****

別の場所にアップした内容を編集し、再投稿したものです。

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