レベッカの元に、アルマゲスの夜中が来た。

灼熱の色に染まっている、道を歩く。ガラス張りの曲面の外は、業火の焔で燃え盛っている。

 「外は、凄い事になっているだろう。灼熱地帯さ。」

 灼熱地帯。

 「原理は、粒子の衝突さ、孰れ、温度は冷めていく。」

 髭の男は、業火の焔を見て、言った。

 焔。ガラスの中には、熱は伝わってきていない。

 「このガラスは、特殊なガラスでね、外部の影響を全く受けないんだ。透明なガラスだ。」

 特殊な加工がしてあるのだという。

 「ゲルミアドラゴンの魔石で、加工してあるのさ、物質を退け、捻じ曲げる事のできる、強力な皮膚を持つ、伝説のドラゴンの一つさ。」

 ゲルミニアドラゴン、古代から存在すると言われし生きた化石、にして、人智を越えた力を持つドラゴンだ、不可解な天変地異の一つは、ゲルミアドラゴンの気まぐれで起こるとされている。

 数千年前、勇者クロックスが、三つのドラゴンを倒したとされている。ガレアドラゴン、ゲルミニアドラゴン、ガレーシアドラゴンだ。

 ドラゴンは、クロックスにより、この世界から姿を消したとされている。証拠に、ドラゴンから得られる秘宝が各地に保管されている。

 「まさか、ゲルミニアドラゴンの素材が、この世界では秘宝、そうそう、採れるものではないし、1000年前に滅びたはずだ。」

 そう言えば、空の奴の首飾りや、服に、ガレアドラゴンの素材が使われていたのを思い出した。

 ガレアドラゴンの秘宝は、かつて、ヨルデンブルク共和国の宝物庫を訪ねた時に、拝見した事があった。国家の国宝として大切に保管されているものだ。

 「滅びてなどいない。知らないだけだ。世界は、一つだけではない。」

 世界は、一つでだけではない。どういう事なのであろうか。

 訳が分からない。

 世界とは、なんだ。

 「何を言っているのか、分からない。」

 髭の男は、私の目を見つめると、そうかと、呟いた。

 「気づいていないのだな。」

 気づいていない。分からない。何をいっているのだろうか。

 「わからないのならば、いい。孰れ否が応でも、分かる時が来る。」

 灼熱の道を歩いて10分程すると、広い処へ出て来た。

 広い空間は、真っ黒な円の曲面で囲まれている、天井には、電球が、付けられている。色とりどりのLED電球である。

 あたりを、色とりどりの電球が照らしている。

 空間の中心には、檻がある。

 銀色の格子で囲まれた檻だ。

 檻の中には、黒い物体が蠢いていた。

 生命に、臓器に、肉に自在に形を変える黒い物体。

 「悍ましいだろう。あらゆる生命を吸収し、成長する存在、此れ迄どれだけの生き物を吸収してきあ事だろうか。」

 植物になり、蟲になり、脊椎動物になり、更に惨たらしく進化していった動物を吸収した、存在。真っ黒な闇の中に、ある恐怖。

 しかし、何処か悲し気に、泣いているような気がした。

 「悲しそうだ。」

 レベッカは、惨たらしい、姿を見て、慈悲の心を覚えたのであった。

 「悲しそうか・・・。確かに、望んだ姿ではなかったのやも知れない。自然が姿を作りだす、あらゆる物質を生贄にし、一つに収束させようとする物質、×××の集大成だ。」

 ×××。

 「闇の果てさ。檻に近づいちゃいけないよ。君も吸収されてしまう。人の願望は、×××と取引をさせる。」

 取引とは、何を言っているのであろうか。

 「おめえの、家系に住み着いてやがる、のも×××の一部だ。此奴は、×××の一部を閉じ込めたものだ。×××は、半径3メートル圏内に入んじゃあねえぞ。おめえの願いと引き換えに、大事なものを喰われる。」

 大事なものを喰われるだと。

 「試しに、此奴を、中に入れてやろう。」

 髭の男は、何処からか、蛙を持って来た。

 「此の蛙は、施設の動植物園に住んでいる、エルアモンデ蛙さ。見てな。」

 蛙が、檻に投げ込まれたすると、蛙の姿が、蛇に変わった。

 「どうして、蛇に。」

 「恐らく、蛇に憧れていた、願望が実現したんだろうなあ。しかし、時期に副作用が来る。」

 数分後、蛇の身体が、急に萎み始めた。みるみる内に、小さくなっていきやがて、液体となり、蒸発し消えて終った。

 ×××身体の一部に、先ほどの蛇と蛙の形が、浮かび上がりやがて、一体化していく。

 「分かるか。×××とは、こういった存在だ。」

 怖ろしさに、驚愕し、仰け反った。

 「分かるぞ。その気持ち、受け入れ難い事実に遭遇すると、誰しも取り乱すものだ。」

 髭の男は、私の反応を見て、楽しんでいるように見えた。

 「気の毒なものさ。アリス家の絶大な能力と魔力は確かに、異次元だ、誰しもが羨むものに違い無い、だが、しかし、わかるだろう。一族全員が、ベムとの、等価交換の上に、力を得ていたのだ。犠牲は、一族の人間の命と、魂、肉体だ。後生も浮かばれねえってわけさ。」

 どうして、髭の男は、私にベ×××を見せたのだろうか。

 「仮に御前が、生贄に選ばれなかったとしても、血の刻印に、御前の名前は記されている限り、×××との交渉人の儘さ。リスクは特にねえが、アリス家が途絶える迄ずっと、取引は終わらねえ。」

 だとしても、私が死ぬまでマリス家が途絶える事はないだろう。

 「勿論、死んでからもだ。」

 死後の世界など、死んでからでないとあるのか、無いのかも分からない場所だ。

 「死んだらどうなるのだろうな。」

 私は、何となく言ってみた。

 「さあな。分からん。死ぬとはどういう事なのか。私には、命は無かった。今でさえそうだ。魂があるのかは分からない。心が本物かどうかも分からない。私はコンピュータに過ぎないのだ。御前は私は見て、如何思う。」

 どうだろう。

 違和感がない。人間と同等のものに思えた。

 「分からない。」

 「実のところ、私は完全なコンピュータでは無いのだ。一部、天才科学者や、アスリート、の脳が利用されている、記憶を統合し、一つのコンピュータに組み込んだものだ。かつて、私の脳みその一部であったものの記憶も覚えている。」

 髭の男は、遠くを見つめた。

 「生き物で無ければ死は訪れないのかも知れない。死があるという感覚が、確かに、生き物たらしめる証拠なのかも知れない。」

 コンピュータだけでは、心はつくれないのか。

 「心は最も、非効率で不合理なもので在るが、無くてはならぬ重要な仕組みだ。此れ迄、幾度もの心の研究が行われてきたのだ。しかし、心は、生き物からしか作れなかった。生命の研究により、生命生成装置の開発により、生命を作りだす事は可能となった、DNA、脂肪酸、アミノ酸、たんぱく質を、自動生成し、生命としての動きを人工的につくる実験は、成功した、人工生命体である。」

 人工生命体。神の意志に背く、危険な実験。禁忌実験だ。

 「絶対に人類が、生命を作り出すだなんてあっちゃ、ならねえんだ。」

 レベッカは憤りたって、叫んだ。

 人類が、生き物が生き物を作りだすのは、自然の原理だ、しかし、人工的に別の生命を作り出す事は、禁忌なのである。

 「禁忌だ。確かにな。種族に寿命は500年迄伸びた、再生医療の発展によるものだ、そうあるべき生命の形を生命生成装置により、捻じ曲げるのだ。キメラの怪物、自然によって進化していない、人工的に製造した化け物、皮肉な事にそうなって生まれた生命は不完全で、直ぐに死んで終う。」

 生命生成装置で作った生命は、生まれて直ぐに死んでしまうのだ。不完全な生命の寿命はい。

 「×××からのがれる方法がある、アリス家の人間がこの場所へ、たどり着いた時、渡すように言われていたもんだ。」

 髭の男が、術を唱えると、腕時計が目の前に現れた。

 「此れは・・・。」

 「魔力を念じると、×××から、逃れられる、時計だ。原理は言えねえが、付けとけ。」

 私は、ありがたく、時計を頂戴すると、礼を言った。

 「よく、わからんが、ありがとう。」

 「礼言われる事でもねえ、ずっと前から、決められていた事をしたまでだ。」

 決められていた事。約束の事であろうか。

 その後、他愛のない会話をしていた。数十分経った時の事である。

  

 突然、やって来た。

 揺れ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 「地震か。」

 辺りが、グラグラと、揺れている。

 ピカピカ、光る。

 稲妻が光っているのだ。

 「外が、騒がしいな。天変地異か何か。」

 悍ましい、異常気象の恐怖を肌で感じていた。

 「始まったか。」

 時刻は、深夜0時であった。

 「アルマゲスの夜中だ。」

 髭の男は、感慨深そうに呟いた。

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