どうして、殺したのか。

時風 来は、朝起きると、直ぐに、理解した。

 殺したのだ。

 手には、血が、べっとりと、付いている。

 床一面に、血が流れている。

 どうして、殺したのか。

 罪深い事をした。確かに恨んではいた。けれど、考えても見れば、殺す程の事だっただろうか。

 あの男は、私の事が、好きなだけだったのでは、無かったのだろうか。

 性別が、同じだった。

 だから、あの男は、私を苛めたのだ。

 私は、あの男を恨んでいた。いつか、復讐してやろうと、思っていた。

 其れが、かえって彼の性癖を刺激したのかも、知れなかった。

 しかし、もう、時は、既に遅い。

 死んでも、分からない奴には、分からないのだ。

 自分にとっては、殺して正解だった。

 こいつの友達や。家族が、どの様に、悲しむのかは、知った処では、なかった。

 只、自分が、此処まで追い込まれていたのだから、仕様のない事だった。

 音声は、残っている。

 私に乱暴をしたこの男の音声だ。

 写真もある。

 証拠は、この日の為に、集めてきた。

 警察では、生温いと、思っていたから、自らの手で殺す必要が、あったのだ。

 はじめて、人を殺した。この体験が、どう、自分の作品に生きてくるのかが楽しみだ。

 僕は、きっと、狂人なのだろう。

 この時、初めて生を実感したのだから。

 僕は、証拠の残らないように、其の遺体の顔を潰して、指紋を焼いた。

 生分解性のゴミ袋の中に、遺体を収納し、森の奥の、土を掘って、埋めた。数年後には、骨だけに、なっているだろう。

 その骨も、証拠になりかねない、と考えた私は、土から、その遺体を掘り起こし、熊のねぐらに、遺体を献上して、食べて貰う事にした。

 熊が飛び散っているで、あろう、彼奴の部屋の事を考えると、笑えて来る。

 かっこつけて、子供の癖に一人暮らしなんぞ、始めるからこういう事になるのだ。

 夜に、森の中を探索していると、車のライトに照らされた。

 准軍用車のポラリスと、いう車だ。

 よく、ジャングルを探検する、車として、テレビなど、で、見る。戦車のような、緑色の車だ。

 どうして、こんな、森の中に、軍用車が、来ているのか。 

 この街は、日洋国 算崎市 の郊外にある、画都那森林だ。

 森には、危険な動物が、出るので、人が入る事は、殆どないのだ。

 「ねえ。ちょっと君。こんな森で、何をしているんだい。」

 其れは、こっちのセリフだ。

 「森の動物と、戯れるのが、好きなんです。ホラ。」

 「あら、驚いた、霧熊は、人に懐く事が、ないと、言われているのに。」

 此れは、生まれ付いた時からの特性だ。僕は、動物に好かれる体質ならしい。

 「其れで、こんな真夜中に、おかしいでしょ。幾ら動物が、好きだからって。」

 その女軍人は、日洋国の軍人だった。胸に、日輪国のバッジが、付いている。軍帽を被っていた。後から、男が、追っかけてくる。

 「大佐。如何してんです。この辺りでの、奇妙な、事件を調べに行くんでしょ。」

 「ああ、そうなんだが、なんだか、この子の事が、気になってなあ。」 

 「まだ、子供でしょ。そんな子供放っておきましょうよ。警察に保護させればいいでしょう。」

 「まあ、そうなんだが、君、何か、知っている事が、あったら、教えてくれ。電話番号だ。」

 「はい。」

 あの殺人が、バレたのだろう。其の調査にでも、来たのだろうか。と思ったが、その、予想が、外れていた事は、直ぐに分かった。

 「この辺りで、人が、消えるって、話だよな。」

 「まさかねえ。」

 「確かに、人口が、不可解な、減少をしているのは、事実さ。死亡した記録は、ないのによお。」

 そういう事らしい。

 原因不明の人口減少。

 其れは、世界中で、始まっている事だ。

 家族が、友人が、消えても、誰も、気が付かない。

 居た事さえ、忘れて、存在そのものが、消えてしまう。謎の現象。しかし、確かに、戸籍には、名前が残っているのだ。

 「おかしな話さ。本当に、そんな人いたんだろうかな。そういった人が、世界中で、一億人程度出ているそうさ。訳もなく消えて、誰にも気づかれない。戸籍を見た時に、ふと気が付くのさ、存在しない人の名前が、あるってね。」 

 おかしな話だ。

 俄かには、信じがたい話だ。その時はその程度にしか、考えては、いなかった。

 その後、私自身が、他の人間に、世界に認識されなくなるまでは。

 「あれ、何か忘れているような、気がするのだが・・・。」

 「なんの事です。先ほどまで、は、確かに、何か居た気がするのだが・・・・。」

 「気のせいですよ。大佐。」

 「其れならば、いいのだが。」

 

 その後、家に帰ったが、親は、私に気が付かなかった。

 「奇妙だわ。訳もなく扉が、開いたのよ。」

 母親は、そう言って、気味悪がった。私は、冗談だろうと、思った・

 「ねえ、あなた、うちの子が、帰って来ないのよ。」

 「おかしいなあ。警察に電話でもするか・・・。ん、内に、息子なんていたか。娘は、いるが・・・・。」

 「あら、おかしいわね、何を言っていたのかしら。」

 忘れられているのだ。

 自分の存在が、薄くなっているのだ。

 何だか、其れが、凄く、切なかった。

 私は、恐らく、その、存在が、消える、何かに襲われたのだ。

 どうして???。

 理由がわからなかった。

 あいつを殺した、罰なのかも知れなかった。

 殺した、私が・・・。

 思い出しただけで、胸糞が、悪かった。

 私は、ペンを取ったこの不可解な、事象を、記録に残し、歴史に残る、大作を仕上げるのだと。

 

 この、状態になって、一週間が、過ぎた。

 あの事件が、あったのは、2021年 8月28日の、深夜12時であった。

 それから、一週間が過ぎた、8月4日の朝だ。

 此れ迄、の生活で分かった事は、まず、私は、物体に、触れると、言う事だ。そして、警察に電話をする事も、出来た、しかし、声は、届かなかったという事だ。

 生物を食べる事も出来なかった。

 身体を通り抜けるのだ。

 物体に触れる事、文章を残す事や、絵を残す事、何かを創作する事は、出来るが、創作したものは、外部からは、見えないらしい。

 腹は減らず、眠る事も、無かった。

 どうして、こんな状態になったのか。そして、私以外にも、この状態になった者は、いるのか。幾らかの疑問が、生じる。

 此れは、償いの、物語なのかも知れない。

 人殺しが、世界を救う物語なのかもしれない。

 

 軍人の女に教えられた連絡先に、電話をしたが、その女で、さえ、私を忘れ、私の声は、届かなかった。

 奇妙な着信が、あるの。

 と、脅えていた。心霊現象か、なにか、だと、思われているのだろう。私が、何かをすると、周りの人間は、気味悪がり、脅えた。

 その様子を見て、私は、ばつが、悪くなった。

 何が嬉しくてこんな、想いをしなくては、ならないのか。

 私は、もう一度、画都那森林へ、行く事にした。

 森林には、何もなかった。

 熊は、私に見向きもしなかった。動植物も、どこか、よそよそしい。

 此れ迄、は鬱陶しかった、周囲の、命を狙う、生物たちが、何処か、懐かしくさえ、思えてくる。

 誰にも、認知されないと、いうのは、辛いものだ。

 

 遺体は、もうない。

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