手段その53 限界


「渚、今日はそのまま店に帰らないか?」

「どうされたのですか?」

「いや、涼宮が朝から調子悪そうだったし、早めにあがらせてやりたいなって思ってな」

「……少々早いですが、まあいいでしょう。では、せっかくなので甘いものでも、彼女に買って帰ってあげましょう」

「ああ、そうだな」


 今日はさっさと帰って二人で店番。

 それも悪くないかと思って、コンビニでスイーツを買ってからすぐに店に戻った。


 しかし店の前が騒然としている。

 なにやら人だかりができているが、並んでいる客といった感じではなさそうだ。


「ど、どうしたんだ?」

 

 慌てて店の方へ行き、人混みをかき分けて店の中に。


 すると。


「はあ、はあ……もう嫌。私が全部、ぶち壊してやる!」


 箒を持った涼宮。

 そして散らばった花瓶にひっくりかえったテーブル。

 店がぐちゃぐちゃになっていた。


「す、涼宮!?」

「ああ、ハルト。おかえりなさい。私、もう無理」

「な、なにがあったんだよ……」

「言い訳はしない、かな。でも、その前に一つだけやっておかないと……」


 涼宮は睨みつけるように俺の隣に目をやる。

 

 そして、箒を振りかざした。



「死ねー!」


 振りかざされた箒は、多分よけれたと思う。

 でも、ここでかわしてしまったら意味がないから、仕方なくあなたの一撃をうけてあげます。


「渚!」


 バチンと、私の横っ腹に箒が直撃して、私はその場に倒れた。

 そして、倒れた私の上に乗り、涼宮様が私の胸倉を掴む。


「お前が、お前がいたからこんなことに!」

「……そう思うのであれば殴りなさい。さあ、気が済むまで存分に」

「おのれー!」


 私の顔に彼女の拳が。

 それが何回も、何回も。


 ふふ、あはは、あはははは。


 面白いくらいに私の思った通りに動くやつですこと。

 感情に身を任せて振り下ろす拳の一発一発が、あなたという人間をどんどんお兄様から遠ざけていると、わからないのでしょうね。


「涼宮やめろ!」

「だって、だって!」

「お、おい誰か!警察を呼んでくれー!誰か―!」


 店をぶち壊し、お兄様の目の前で私をぶっ壊そうと狂気に走った涼宮様は、この後駆け付けた警察に連れていかれました。


 私は、何度か彼女に殴られた傷を。

 お兄様に癒してもらってます。


「渚大丈夫か?」

「ええ、少し痛む程度です」

「……済まない。まさか涼宮があんな」

「いえ。彼女を雇ったらいいと言ったのは私です。ですので、これは渚の責任です」

「そんなことあるか。あいつがこんなひどいやつだったって見抜けなかったのは俺の責任だよ」


 ひどいやつ。

 お兄様が確かにそう言いましたね。


 あは。

 そうですよお兄様。


 あの人は酷い人なんです。

 あなたの可愛い妹を、いとしい恋人を目の前で殴り飛ばしてしまうような悪いお人なのですよ。


 あはは。

 えらいですねお兄様。

 

 情に流されず、目の前の事実をしっかりと受け入れられるお兄様のその御判断力。

 さすがはお兄様ですわ。


 あは、あはは、あははははは!



 お店は今日は休業。


 そして警察の方がたくさん、お店にやってこられました。


 あの女が何を話しているのか。

 それが楽しみですね。


「えー、渚さんは君かい?」

「はい、そうですが」

「犯人に、急に殴り掛かられたということですが、それは間違いないですか?」

「ええ、箒で殴られた後馬乗りにされまして。私、怖かったです……」


 ええ、怖かったですよ。

 あまりに自分の思った通りにことが運びすぎて、ですが。


「しかし彼女は、君にひどいことをされたと言ってるのだけど、心当たりはないかい?」


 ひどいこと。

 ひどいこと、ねえ。


 まあ、ひどいことをしようと思ってやってましたから、別に何の疑問もありませんが、しかし当然の報いだったと反省できず、私を巻き込もうとするその頭蓋、もうどうしようもありませんわね。


「私は彼女に職場を提供したまでです。やめたければやめればよかったのにしがみついたのは彼女です。お金も、困っているからと必要以上に多く支払っておりました。それで何か文句を言われる筋合いがありますか?」

「い、いやそれは……しかし君に対して相当な恨みを持っていたようなんだ。それについては何か」


 恨み。

 恨み、ですか。


 感謝の間違いではなくてですか?


 あはは、ほんと幸せな頭をしてますねあのお方は。

 でも、恨まれるとすれば、お兄様を私が手に入れたことでしょうか。

 もっとも、貴方に勝ち目なんて最初からなかったんですけどね。


「いえ、ありません。ですが、私は涼宮さんと同じ男性を好きになって、私の方が、その、うまくいったので、だからかなと」

「……痴情のもつれってやつか。ううむ、わかった。また何かあったら捜査に協力願います。では」


 警察は去った。

 多分このあと、涼宮はあることないことをほざくのでしょう。

 でも、誰もあなたの話に耳は傾けない。


 だって。私は被害者、あなたは加害者なのですから。


「渚、大丈夫か?」

「お兄様……ええ、大丈夫です」

「でも、透の奴はこのこと、知ってるのか?俺、やっぱり何かの間違いだとしか」

「お兄様。透さまは時が来ればご自身で知ることになるでしょうが、黙っておくよりはこちらから伝えたほうがいいでしょう。よろしければ渚から透様に説明いたしますわ」

「い、いやそれなら俺が」

「お兄様は涼宮様と透様と親しすぎます。事実が曲がる可能性もあります。大丈夫です、罪を憎んで人を憎まず。私ももう、涼宮様のことを憎んではおりません」

「渚……う、うん。頼む」


 辛そうなお兄様には、先にお部屋へ帰っていただきました。


 さてと、こういう時の為に透様の電話番号を聞いておいてよかったです。


 今から彼には真実をお告げしないと。


 そう。


 訊きたくもない事実を、ですが。

 

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義妹が俺と付き合うためにありとあらゆる手段をとってくるんだが 明石龍之介 @daikibarbara1988

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