手段その52 追い込み


 お兄様。

 素敵なお兄様。

 かっこよくて優しくて、いつだって誰にだって優しいお兄様。


 そんな人だからこそ私は心の底からお兄様を愛しているのですが、少々魅力的すぎて困ってしまいます。


 お兄様が素敵すぎて邪魔な虫がたくさん寄ってきてしまいます。

 物の分別もつかないクズが群がってしまいます。


 あなたたちはただの虫なのに。

 お兄様の隣に立とうと努力したわけでもない、ただそこに生まれただけのくせに。

 お兄様に悪い影響ばかり及ぼして、そそのかしたり困らせたりするだけのくせに。


 私はそんな連中が嫌い。

 だから本音で言えば、殺したい。

 死ねばもう二度と喋ることはありませんからね。


 でも、そうするとお兄様が悲しむそうです。

 だから、消すことにしました。


 お兄様の周りをうるさく飛び回らないように。


 静かに、ひっそりと、それでいてもちろん。



 さっさと消えろ。




「渚、おはよう」

「あら、おはようございますお兄様。間もなく夏休みですね」

「ああ、いよいよだな。今日の終業式が終わったら何か食べにでも行くか」

「ええ。もちろんご一緒いたします」


 店のことについては、涼宮が賢明に働いてくれているおかげもあって事なきを得ている状況だ。

 期末テストも、渚による飴と鞭の塩梅がよかったせいか、いつもより成績がアップした。


 そしていよいよ夏休みというわけだが、ここ数日は涼宮も暑さのせいか随分疲れている様子だ。


 なので、渚に提案してみた。


「なあ、一日だけでも涼宮に休みをやらないと。あいつも金が必要といってもさすがにこのままだと倒れそうだ」

「まあ、頃合いですね。ええ、わかりました。では明日は私とお兄様で店番としましょう」


 新しいバイトの面接も来週に行うことが決定したし、これで少しはあいつを楽にさせてやれるかも、なんて考えながら早速そのことを伝えに俺は店の掃除をする涼宮のところへ。


「おう、おはよう涼宮」

「あ……おはようございますハルトさん」

「なんだよその言い方。疲れてんのか?」

「え、いえ、はあ」


 床をモップ掛けする彼女の目は焦点が合っていない。


 寝不足、のようにも感じるがしかしそんなになるまで何をしてたというのだ?


「おい、無理するなよ。体調が悪いなら休んだっていいからな」

「え、あ、うん。ごめん……」

「おはようございます涼宮様。どうされたのですか?」

「ひっ、お、おはようございます渚ちゃん!な、なんでもないのちょっと貧血気味で」

「そうですか。鉄分をとると良いみたいですけど。あと、栄養ドリンクは冷蔵庫に入れてありますのでご自由に」

「あ、ありがとうございます」


 渚が来た途端、涼宮は焦ったように声を張り上げてあいさつし、さっさと仕事に戻っていった。


 やっぱり、渚が怖いのだろうか。

 にしても、少し様子が変だけど。


「なあ渚、涼宮に何か無理強いしてることとかないか?」

「いいえ。私はあのお方の意思を尊重しておりますので」

「そうか。でも、あいつも気を遣う性格だからほどほどにしてやってくれよ」

「はい。もちろんです」


 俺は渚と学校に向かう間も、終業式の間もずっと、なぜか胸騒ぎがおさまらなかった。

 

 多分、涼宮の心配をしていたのだと思う。

 今朝の様子はやはりおかしかった。


 過労で倒れるなんて、そんなことにならなければいいけど。



「もしもし、調子はいかがですか?」

「……渚ちゃん、もう私無理よ!勘弁して!」

「無理?何がでしょうか」

「もう一週間もろくに寝てないの!こんなに人間の生活じゃないわ!」


 終業式の終わった直後、間を見て店に電話をかけてみたけれど。

 人間の出来損ないが一人前のことを言ってきて少々驚いています。


「涼宮様。それではあなたは、先日の事件のことを警察にバラされても構わないと?」

「もうこんなことなら自首する。それでもそっちの方がマシよ!」

「……わかりました。でも、もう一つあなたが嘘をついている事実を、お兄様と……そうですね、今あなたが交際されている、確か、ええと、透様?にお話しても構わないのですね?」

「嘘?わ、私別に嘘なんて何も」


 このお方は可哀そうな人です。

 自分で自分の心を誤魔化して、嘘をついてついてつき通して。

 そのせいで何が本当で何が嘘なのかの分別すらつかなくなっているようです。


「あなたが。援助を受けて叔父様方からあんなことやこんなことをしている話、お二人は知ってるんでしょうかね?」

「な……い、いや、なんのこと」

「三月二十八日。雨の日でしたえねえ。相手は隣の学校の先生。しつこく言い迫られてその後暴力までふるったそうですが」

「い、いや……」

「四月三日。その次は三日後でしたっけ?どうすればそんな体で誰かを好きになどなれるのでしょうか」

「や、やめて……」

「忘れたくて忘れようとして本当に忘れてしまえるなんてすごいですね。でも、忘れさせませんよ。私はあなたに現実というものを叩きつけてやりますから」

「お願いやめて!わ、わかったから……働くから、だから」

「最初からそう言えばよかったのに。では後程。しっかり稼いでくださいませ」


 ふふっ。

 そろそろ潮時ですか。思ったより早かったですね。


 発狂して事件でも起こすのか。

 それとも絶望して自らを傷つけるのか。


 まあ、なんにしても仕上げ。

 というより頃合いですね。


 さようなら涼宮様。

 もういいです。


 私が帰宅したその時が、あなたの最後です。

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