手段その51 思惑


 さてと、あとはお兄様とのユートピアを築くための仕上げをしませんと。

 あの両親が行方不明扱いにされると、私たちの生活が崩されてしまう可能性もありますし。


 ……


「も、もしもし渚ちゃんかい?どうした」

「お義父様、ご無沙汰しております。今から学校に電話して、長期の旅行に出かけたと、そう話しておいていただけますか?」

「な、なんのことだい?それに、目が覚めたら真っ暗な部屋に閉じ込められてて、ここはどこなんだ?」

「なんのことですかね。母に聞いてください」

「お、おい渚ちゃん!渚ちゃん!」


 うるさい。


 浮気者には制裁を。

 それをようやく母も理解してくれたようですね。


 今、あなたが閉じ込められているのはここから遠く離れた町の暗い暗い倉庫の中。

 母にゆっくりいたぶられながらじっくり反省して、そのうち出してもらえるといいですね。



「渚、お疲れ様」

「お兄様、お疲れ様です。どうされたのですか?」

「い、いや……早くお前に会いたくて」

「まあ。嬉しいですわ」


 俺は待ちきれず、渚を迎えに下級生の校舎にまで行ってしまった。

 でも、それを満面の笑みで喜んでくれる渚を見ると、幸せな気分になる。


「渚、涼宮のやつ頑張ってるかな」

「どうでしょう。でも、必死に働いてくれていると渚は信じてます」

「あいつに限って変なことはしないさ。よし、それじゃ駅前で何か甘いものでも買って帰ろう。あいつにも差し入れしてやりたいし」

「……ええ、そうですね」


 それに渚とゆっくり寄り道したかったというのもある。

 ずっと一緒だけど、でももっといろんなことを渚と楽しみたい。

 

 こんな日がずっと続いたらいいのに、な。



「いらっしゃいませ……あ、おかえりなさい」

「ああ、涼宮お疲れ。店はどうだ?」

「え、ええまあ順調。大丈夫よ」

「そっか。これ、差し入れだけど食べろよ」


 お兄様と私は駅前で最近評判になっている大福を買って帰った。

 そして二人で先に少しつまみ食い。甘いものを食べるお兄様も素敵でしたわ。


 でも、事あるごとに涼宮涼宮と、せっかくのデートが台無しです。

 この女、もう少し痛めつけてやらないと。


「お兄様、先に着替えてらしてはどうですか?その間にお茶をご用意いたしますから」

「ああ、わかった。もう店も誰もいないし、閉めたらゆっくりしよう」

「ええ、そうですね」


 お兄様が店の奥の勝手口から家に戻った。


 さて。


「お、お疲れ様渚ちゃん。あの、売り上げは一応ノルマを満たしたんだけど」

「だから?ノルマというのはできて当然の数字のことを言うのです。それで褒めてもらおうだなんて随分図々しいのですね」

「ち、ちがうの……私は、ただ」

「ああ、でもやって当たり前のこともできないから犯罪なんかするんですよね。あはは、そんな人に常識を説いても無駄ですね。お兄様からいただいた差し入れに対しても、何のお礼もないようですし」

「そ、そんなことは……戻ってきたら言おうと」

「口答えしないでください。殺すわよ」

「ひっ……す、すみませんすみません!」


 この女、謝って頭を下げたら済むと思ってるのね。

 まあ、警察にだって真摯に更生する姿を見せたら罪が軽くなったくらいですし、舐めてるのでしょうね。


「まあいいです。それより、お兄様がおやすみになられたら寝ずにコーヒーを淹れる練習、なさってくださいね」

「そ、そんな……昨日も寝てないのに」

「しばらく冷たい独房で寝ることになるのと今の生活とどちらがいいんでしょうか」

「ね、寝ずに頑張る!いえ、頑張らせていただきます」

「そう。だったら頑張ってください」


 めんどくさい女。

 本当に吐き気がする。

 でも、お兄様のご友人だから、特別待遇ですよ、うふふ。


 あら、お兄様が戻っていらしたようね。


「渚、涼宮。何話してたんだ?」

「いえ、お店のことをちょっと。ね、涼宮様」

「え、ええ。明日も私、頑張っちゃうよ、あはは」

 

 余計なことは喋るなブスめ。

 あなたは問いかけに対して全てイエスと返事しておけばいいのですよ。


 まあ、その辺はお兄様が眠ってから、じっくりと、ですね。


「さてと、さっき俺たちは食べたから涼宮、お前食えよ」

「え、ええと、でも、私からもらうなんて」

「いいから、さっさと食えって。まだいっぱいあるんだから」

「あ、ありがとう……う、うん。おいしい。ありがとう……」

「えらく大人しいな。ま、うまいならいいよ」

「う、うん。私、コーヒー淹れてくるね。渚ちゃんも、ええと、コーヒーでいいかな?」

「ええ、お任せします」


 ちょうどよかった。

 彼女のコーヒーの味、どれほどまで成長したか確認するいい機会です。

 まあ、期待はしていませんが。


「はい、おまたせ」

「お、涼宮のいれたコーヒーか。どれどれ、うんいい感じだな」

「そ、そう?なら、よかった」


 どれどれ……


 なにこれ、ドブの味がしますわね。

 お兄様も、少し苦い顔をされてますし、きっと我慢なさってるのでしょう。


 優しいお兄様。

 そんなお兄様の優しさがあるから、あなたは生きていられるということを実感なさい。


 お兄様を悲しませた罰は、この程度では済みませんからね。


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