手段その50 従者
放課後、全速力で俺は我が家を目指す。
もちろん理由はただ一つ。
渚に早く会いたい。
「た、ただいま!」
店にいくと、数組の客が店でくつろいでいた。
そして、厨房には。
「おかえりなさいませ、お兄様」
店の制服姿の渚が。
「お疲れ、渚。店は大丈夫だった?」
「ええ、平日ですから私だけで十分でした。お兄様こそ、お勉強の方は順調ですか?」
「ああ。なんとかな」
「そうですか。では、温かいコーヒーでもいれますね」
俺は席について彼女の淹れてくれるコーヒーを待つ。
やがてそれを飲んでいると、客がいなくなったところで渚が店の玄関を閉めだした。
「今日はここまでですね。アルバイト、こなかったです」
「すまん渚。もし疲れてたら休んでもいいからな」
「いえ、大丈夫です。それに、もう少ししたら休学届でも出そうかなと」
「そんな……バイトが見つかるまでの辛抱だよ」
「でも、バイトに同じ味は出せませんし。このお店はすきなのでなんとかしたいという思いが強いのです。それに、生活費も稼がないといけませんからね」
渚は力強くそう語る。
確かに、渚が店の味を引き継いでいるのは奇跡的なことだし、教えても同じことをバイトができるとは限らない。
だからしばらくは渚に頼るほかない。
「そういえば親父や優子さんから連絡は?」
「ありません。もう、日本にはいないのかもしれませんね」
「そうか。まあ、元気にやってくれていればいいけど」
しかし冷静に考えたら、俺たちは今、親に捨てられた状態ということになる。
今はまだ誰も知らないが、そのうち学校にバレたりしたら、とんでもないことになるのではないか。
「なあ。もしこのまま親父たちが戻ってこなかったらどうなるんだ?」
「その時は、私たち兄妹で力を合わせて自給自足しかないですね」
「で、でも俺たちはまだ未成年だし、そんなの許してもらえるのかな」
「お兄様は本当に真面目ですね。でも、ご心配なく。渚にお任せくだされば何も、問題などおこりません」
自信たっぷりにそう話すと、渚はどこかに電話をかけていた。
そして、しばらくすると閉店と掲げた扉を開けて誰かが入ってきた。
「お邪魔します」
「涼宮?」
「あ、ハルトもいたんだ」
「お前何しに」
「え、バイトの面接だけど」
「面接?」
涼宮が店にやってきた。
どうやら渚が呼んだらしい。
あいつ、いつの間に涼宮と連絡先を交換したんだ?
「渚ちゃん、さっきの話ほんとう?」
「ええ。それで是非涼宮様のお力をお借りしたくて」
「……私、あんなことした人間だから店の評判落とすかもよ?」
「大丈夫です。お兄様がお選びになったご友人なのですから」
どうやら渚としては、涼宮が休学中ということで今から二学期に復学するまでの間、彼女に店を任せようと考えているらしい。
確かに都合よく涼宮がフリーだし、彼女はお金も必要でフルタイムのアルバイトなんて大歓迎だろう。
しかしこの事態で、よく冷静に涼宮のことを思いだしたな。
まるで最初からそうしようと決めていたくらいの手際だ。
「というわけでお兄様、今から涼宮様にお店の研修を受けていただきます。明日からは早速彼女に店に立っていただきます」
そう話すと、渚と涼宮はキッチンの奥に。
俺も何かやることはないかと訊きにいったが、渚は「ゆっくりとお部屋で休んでいてください」とだけ。
しつこく食い下がるのもどうかと思い、俺はそのまま部屋に戻った。
そして二人の研修とやらは夜遅くまで続いたようで、渚が部屋に戻ってきた時にはすでに日付を跨いでいた。
「おつかれ渚。遅かったな」
「お兄様、まだ起きていらしたのですね。ええ、さすがにお店のこと全てとなると。でも、あしたから問題はなさそうです」
さすがは涼宮だなと、俺が彼女をつい褒めてしまったのだが渚も「ええ、その通りです」と言って笑った。
渚も随分変わった気がする。
前なら涼宮の名前を出しただけで暴れていたというのに、今はこんなに穏やかだ。
「じゃあ寝よう。明日から、学校にも一緒に行こうな」
「ええ、おやすみなさいお兄様」
◇
朝。
起きてすぐに店に行くと既にそこには涼宮の姿が。
「おはよう。早速やる気だな」
「あ、オーナーさんおはようございます」
「おい、やめろよオーナーなんて」
「あはは、そうだよね。うん、でも私しっかりやるから、二人は気にせず学校に行ってきてね」
胸をどんと叩きながら「任せなさい」と自信たっぷりに笑う涼宮を見ると、何も不安はなかった。
ほんとに、こいつが友達でよかったよ。
「おはようございますお兄様。あら、涼宮様もおはようございます」
「渚ちゃんおはよう。今日からよろしくお願いします」
「ええ。期待しています。ではお兄様、そろそろ」
「ああ、もうそんな時間か。じゃあな涼宮、行ってくる」
「いってらっしゃい」
涼宮に見送られながら店を出て、俺と渚は学校を目指す。
「しかし涼宮のやつも、元気そうでなによりだな」
「ええ。元気に働いていただかなくては困りますもの」
「まあ、これでなんとかなるかもな。うん、ありがとう渚」
「お兄様……愛してます、お兄様」
両親が急にいなくなったという不遇を被った俺たちだが、二人で力を合わせれば乗り越えられる。
それに頼れる友人もいる。
案外何もかもがうまく回ってきてるのではないか。
そんなことを考えながら、二人で手を繋いで登校した。
♥
「も、もしもし渚ちゃん。あの、まだ売り上げが三万円で」
「涼宮様、今日のノルマは言いましたよね?達成できなかった場合どうなるか、わかってます?」
「ひっ……お、お願いあのことだけは」
「あなたのお父様をかどわかしたキャバ嬢に報復したこと、警察に言いましょうか?」
「で、でもあれはあなたがやってもいいって」
「さあ、なんのことでしょうか。手を下したのはあなたなんだし、当然罪はあなたにかかりますけどそれでもいいのですか?」
「すみませんすみません!ぜ、絶対にノルマは達成しますので!どうかお許しを」
「それに、何調子に乗ってお兄様と馴れ馴れしく口をきいているのですか?自然に振る舞えとは言いましたが、度が過ぎたら……殺しますよ?」
「ひー、すみません頑張ります!」
まったく、使えない女ですね。
犯罪者は犯罪者らしく、ただ人形のようにお兄様の手足となって働きなさい。
でも、これでしばらくは大丈夫そうですね。
寝る間も惜しんで働いていただくとしましょう。
お兄様も、喜んでらっしゃるし。
あはは、あは、あははははは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます