手段その47 相談
俺と渚が付き合うことへの障害は、きれいさっぱりなくなった。
親父はなし崩し的に認めてくれたし、涼宮は自身が起こした事件のこともあって渚に張り合うなんてこともしなくなったし、透は過去を真摯に反省して、最近はその涼宮とうまくやってるようだし。
学校でも、俺たちのことを快く思っていなかった教頭先生をはじめとした派閥は一掃されたし、渚にちょっかいを出してくる不良たちも、彼女の電撃の餌食になったことでやがて鳴りを潜めていった。
だから誰も俺たちの世界を邪魔してこない。
何も悩むことのない、渚と二人だけの世界になった。
俺はそれで十分だった。いや、十分すぎて怖いくらいだ。
しかし渚は違うようで。
「お兄様、今日も学校で私に告白してきた男子がいたんです。汚らわしい限りです」
「まあ、俺と付き合ってるという話を知らない連中もいるにはいるだろうし」
「お兄様は、渚が他の男に狙われていたというのに何とも思わないのですか?」
「い、いや思うよ……その男、とんでもないやつだなあ、あはは」
渚の作り上げたい世界は、多分比喩表現とかではなくて本当の意味で俺と彼女だけしかいない、二人っきりの世界なのだろう。
もちろんそんな夢はかなうはずもないが、せめてもの妥協として、二人の世界に割り込んでくる人間くらいは排除したいとそう思っているようだ。
「お兄様は、他の女性の方からお誘いを受けたりはしないのですか?」
「いや、ないかな。あっても断るけど」
「そうですね。もしそんなお誘いがあったらすぐに報告くださいね。その時は私が……殺しますから」
彼女はすぐに死ねとか殺すとかの言葉を吐く。
それは口癖なのか、何度言っても治らないので困っていたが、最近になってようやくその意味がわかった。
つまり。彼女は本気でそう思っているのだ。
死ねよ、とか殺すぞ、とか勢いで言ってるわけではなく。
心の底から絶命しろと、相手にそう思っているのだからそれがそのまま言葉になっているだけなのだ。
だから治すも何もない。ただ彼女は心の内を素直に言葉にしているだけなのだから。
「でもさ、殺したら元も子もないぞ。俺は渚とずっと一緒にいたいんだから」
「ご安心ください。その時は私、お兄様と二人であの世へ逃亡します」
「い、嫌だよ死ぬのは……」
「渚と一緒に、でも嫌なのですか?」
「ごくっ」
どうもメンヘラという種族はすぐに死にたがる。
嫌なことがあってもそうだし、好きな人と一緒に死ぬこともなぜか幸せと勘違いしている節がある。
ただ、俺はまだ渚と死にたいとまでは思えないので、正常な精神をどこかに残せていると信じたいものだ。
「お兄様、もうすぐ夏休みですがご予定は?」
「店の手伝いがあるからなあ。でも、何日か休みはもらおうかなって」
「では、一度海にでも行きたいですね。潮風は肌に悪いなんて言いますが、渚は海が好きです」
「夏って感じだな。ああ、いいよ」
そんな話をして盛り上がってはいたが、夏休みの前にまずやるべきことがある。
期末テストだ。
別に学業に問題を抱えているわけではないが、渚と比べると俺のそれは随分劣るし、実際彼女からも勉強をしろと口酸っぱく言われてるので、今回ばかりは少し点数を意識する。
「お兄様、テスト期間はお勉強に集中なさってくださいね。渚も自室に戻って勉強しますので」
「ああ。でもちょっと寂しいな」
「まあ。では……」
渚は俺の耳元でささやく。
「試験が無事終わりましたら、ありのままの渚をお楽しみください」
「え、それって」
「ふふっ。ではお勉強頑張ってくださいね」
渚はさっと部屋を出ていった。
その後、もちろん勉強になど集中できるはずもなく。
ありのままの渚というのはどういう意味なのかと、変な妄想や過剰に膨らむ期待に邪魔されながら、勉強もそこそこにその日を終えたのであった。
◇
真夜中に目が覚めた。
少し早くに眠りについたこともあったのか、それともうだるような暑さのせいか。
とにかく喉がカラカラだ。
部屋を出てリビングに行き、冷蔵庫から麦茶を出してそれをコップ一杯。
「はあー、生き返る」
ひんやりと冷えたそれを飲んで目が覚めた時、ふと奥のキッチンに灯りがついているの見つけた。
誰かいるのか、それとも消し忘れか。
少し灯りの方へ足を向けると、話し声が聞こえる。
「……ということで、お母さんお願いしますね」
「わかった。それでいいのね」
「はい。よろしく」
渚と優子さんだ。
しかし二人の会話を盗み聞きするなど趣味の悪いことはできず、俺は迷った挙句に見つからないようにこっそりと部屋に戻った。
一体何を話していたのか。
まあ、家の中で話すようなことだから大した話でもないのだろうが。
それにチラッと見えた優子さんの表情は楽しそうだったし、まあ心配はないか。
◇
「おはようございますお兄様」
いつもの目覚めだ。
いつの間にか俺の部屋に来て渚が俺を起こしてくれる。
「おはよう。どうしたんだ早くから」
「いえ。朝にお勉強をされた方が効率がいいと、昨日ネットでそう書かれている記事を発見しましたので」
「寝起きに勉強か……辛いな」
「ではこうしましょう。一時間早起きをされて、寝起きに三十分間お勉強。そして残りの三十分で……渚というのはいかがですか?」
「ごくっ」
薄暗い早朝だというのに俺の興奮は高まるばかり。
渚は俺の勉強道具をさっさとテーブルの上に広げ、そして。
「渚はもう、待ちきれませんわ」
艶めかしい声で、なぜか火照った表情でそう言われると俺は布団から飛び起きるしかなかった。
そしてすぐに机に向かい、一心不乱に問題集を解く。
もはや勉強という感じでもなかった。
ただひたすら無心で、いや邪念だらけで筆を進め、気が付けば三十分が経過するアラームの音がなった。
よっしゃ。と声が出たところで渚を見る。
すると。
裸だった。
「な、渚……」
「お疲れ様ですお兄様。渚が癒して差し上げます」
「渚!」
さっき解いた問題のことはきれいさっぱり忘れた。
何の教科のどの範囲をやったのかすらもう思い出せない。
でも、思い出したところでその知識が俺の頭に入る余地などない。
俺の頭の中は、目の前の可愛い義妹、そして愛する彼女である渚でいっぱいだった。
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