手段その43 我慢
ラインは一分以内に必ず返信する。
電話には三コール以内に確実に出る。
現在の状況、場所を正確に伝える。
予定が何時何分頃終了目途かも詳細に。遅れる場合は必ずその理由を添える。
これはビジネスマンのノウハウなんて話ではない。
俺が単独で外出する際に渚に課せられた義務である。
ただ、上記の内容を守れば誰とどこに行っても構わないという渚の発言に俺は軽い気持ちで「もちろん守るよ」と返事をしてしまったわけで。
万が一守れなかった場合のペナルティについては詳しく聞いていないが、渚は俺に「できなかったら二度と次はありませんから」といっていたので、まあそういうことなのだろう。
その一度きりのチャンスを無駄にしないように、俺は携帯を右手にしっかりとにぎりしめたまま透との待ち合わせ場所に向かう。
そう、今日は涼宮が出所してくる日だ。
「あいつに『お勤めご苦労様っす』とか言ったらキレるかな?」
「さすがに洒落にならんだろうな。でも、これからあいつがどうしていくか、ちゃんと相談に乗ろうぜ」
こんな形で友情が深まるなんて、俺たちが望んだ形ではもちろんないが、こうしてまた三人で話ができる日が来たと思うと少しワクワクする。
静かな刑務所の前で、落ち着かずにうろうろしていると、やがて涼宮が警察官に連れられて建物から出てきた。
深々と頭を下げたあと、こっちを振り返った彼女は目を丸くして、その後で少し睨みつけてきた。
「何よ。笑いに来たの?」
「まさか。大変だったな」
「私はこんなやつなのに……どうして」
「友達だろ?なあ透」
「ああ、悪いことをしたら怒ってやるのも友達の責務ってもんだ。それより、飯食おうぜ、ハルトのおごりで」
「じゃあ店に来いよ。俺が振る舞ってやる」
行くぞ、と透が先導して歩き出すと、涼宮はぐすっと涙をこらえるように空を見上げてから、目を真っ赤にして「仕方ないからあんたのまずい飯食ってあげるわよ」といって先に透の方へ走っていった。
二人を追いかけるように俺も早足で。
そして三人並んだところで歩調を合わせて、そのまま無言で店まで向かった。
◇
「いただきまーす。んー、おいしい!」
「うめーじゃんハルト。腕あがったなー」
「だろ?最近店任されることも増えたし渚が色々教えてくれるんだよ」
俺の作ったパスタを喜んで食べる二人に得意げになる俺は、渚の名前を出したところで彼女の存在を思い出す。
「あっ……連絡は来てないのか」
「なんだなんだ、渚ちゃんがいないと寂しいか?」
「ちょっとー、あんたまでメンヘラになったの?まあいいけどさー」
「違う違う。でも、まあいっか」
渚も、ずっと俺と一緒だったからたまには羽を伸ばしているに違いない。
連絡があれば即返事と念は押されたけど、別にこっちから何か連絡しなければならないという話でもない。
だから彼女から連絡がこないうちはそっとしておこう。
そう思って携帯をテーブルに置いて、俺も二人と一緒に飯を食べることに。
「でも、停学はいつから解けるんだ?」
「明日校長先生に挨拶にいって、そこから色々手続きがあるみたい。でも、こんなことして学校に籍を残してくれた先生には感謝しないとね」
「そうだな。でも、さすがに一緒に卒業は無理そうか」
「そうなると渚ちゃんと同級生かあ。それは怖いわね」
「はは、うまくやるように言っておくよ」
積もる話がたくさんあった。
それにこんなことになったのをきっかけに互いの今まで話していなかったことなんかを存分に話して、遠慮なく訊いた。
涼宮はかつて俺のことが好きだったと。そして今もそんな気持ちがないわけではないと、告白みたいなこともサラッと言ってのけた。
でも、今はこうして友人であれることに感謝しているだけで、透に対しても全く同じ気持ちだから心配するなと笑っていた。
透は、以前の事件があってから女遊びはやめようと心に決めたそうだ。
透自身も、けっこう女性にひどいことをした過去があったそうで、そんな自分に天罰が下ったのだと反省していた。
俺は特に何かした覚えもないが、渚という義妹がらみで最近は本当に様々な事件に遭遇したなあと、二人の話を聞きながらしみじみ。
ただ、こうやって今があるのも渚が助けてくれたおかげだと、そう思って彼女の話をすると涼宮も、「渚ちゃんって案外救世主なのかもね」といって笑っていた。
「渚はああいうやつだけど、いいやつなんだよ。誰かのことを考えすぎて少し拗らせてるだけで基本は他人想いな子だ」
「だな。でも戦闘力高すぎだろあの子」
「間違いないわね。私が狙ってた男の人、渚ちゃんに追い払われて逃げる時、すごい顔してたもの」
そんな話から話題が逸れて、しばらくくだらないことで笑っていた。
でも、その間も渚から連絡はなかった。
◇
「じゃあまた。早く学校戻れるように頑張れよ」
「二人ともありがとう。私……ちゃんとするから。仕事ばっかで遊べなくなるかもだけど学校戻ったらよろしくね」
「ああ、もちろんだ」
涼宮の元気そうな顔を見て俺は涙が出そうだった。
人間には欠点もあれば失敗もある。
でも、取り返しのつくことであればそれは本人の意思次第でどうにでもなる。
だから俺も友人として彼女を応援していこうと、そう心に決めてから、食器を片付けて家に戻ることにした。
道中で携帯を見たが、やはり連絡はない。
電波はある。だから渚から連絡がないだけなのだろう。
「ただいま」
部屋に戻ると、廊下の電気は消えていた。
でも、鍵が開いていたので部屋に渚がいるのだろうと扉を開けると。
「お兄様、おかえりなさい」
渚が出迎えてくれた。
包丁を持って。
「え、え、え……」
「お兄様、どうして連絡をくれないのですか?」
「い、いやだって……連絡こなかったし」
「普通、大好きな彼女が今何をしているかとか無事なのかとか、連絡の一つくらい入れてくださるのが普通でしょう?」
「す、すまんつい」
「つい、でミスを許されるのであれば警察はいりません。お兄様、渚は寂しくて死にそうです。なので死んでください」
「理屈がおかしいよ!」
「この……うわきものー!」
「わー!」
包丁を持った渚に散々追いかけまわされた挙句、壁際に追い詰められて俺は即座に土下座した。
そして次からは渚からの連絡がなくても定期的に連絡しますと、数時間ほどそんな話を床に顔を向けたまま話続け、ようやく渚が包丁を手放してくれたの時には、外は夜になっていた。
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