手段その41 願い
♥
中学二年の時のことだった。
私は当時存在した新しい父親という存在に苦しめられて自殺しようなんて考えていた。
そんな時に、貧乏だからいけなかったお店に最後に行ってみようと伺った時、運命の出会いを果たした。
とはいっても、私はお兄様に一目惚れしたわけではない。
何気なしに席について、なけなしのお金でパンケーキとジュースを頼んで待っていたところに水を運んできてくれたお兄様が、私に言ったのだ。
「なにかあったの?」
多分私の顔には「辛いです、死にたいです」と書いていたのだろう。
でも、わかってても私に声をかけてくる人はいなかった。
。
髪の毛も短く切られて毎日父の暴力と夜更かしと涙で腫れた目はパンパンで、あざだらけになってもなお学校では誰も声をかけてこようとしない。
まさに腫物に触る、そんな感じ。
見て見ないふり。というよりは途中からは本当に私のことが見えていないのではと思うほどだった。
だから誰にも気づかれないようにひっそりと死のう。
そんなことをようやく決意できたというのに、お兄様は私の心の隙間に入ってきた。
「これ、よかったらサービスで。あっ、熱いから気を付けてね」
出してくれたのはホットココア。
なんでもない、シンプルなそれを私は恐る恐る口にした。
人から施しを受けた経験がそもそも初めてで、どうしてサービスなんかしてくれるのかと、疑問に思う以前に疑念すらあった。
でも、その味がなぜか私の心の靄を晴らしてくれた。
そしてお兄様は、お礼も言わず名乗ることもない私に対して「悩んだらいつでもおいで」と優しく声をかけてくれた。
私はそれをすぐに飲み干して、頼んだものを食べるとさっさと帰った。
そして家に着く前に、お兄様のお顔を思い出して自覚した。
これが初恋だった。
そこからの私はというと、彼に会うために必死に《努力》した。
まず、綺麗になることから始めようと、髪型を変えて化粧を勉強してダイエットしようと。
でも、壁はある。
母が当時連れてきた父親という存在だ。
私に対しても母に対しても等しく暴力的なあいつは、それでいて一向に家から出て行かない。
だから排除した。
台所の包丁だけでは不安だったので、母に頼んでサバイバルナイフも買った。
そして、ある日父親を奇襲して殺しかけた。
死ななかったけど、でもあいつはいなくなった。
もちろん事件にはなったけど、私たちは正当防衛が適用されて事なきを得た。
父に対して怯えて何もできず、娘に手を下させたことを母は悔いて、なんでも私の言うことを聞いてくれるようになった。
そして私は、悪い奴には制裁を加えていいのだとその時に感覚的に覚えてしまったのである。
でも、こうして勇気を出せたのも不幸から脱却できたのも全てお兄様の優しさのおかげ。
彼がいなければ私はとっくにこの世にいないか、未だに家庭内暴力に悩まされる日々が続いていただろう。
だから私はお兄様を愛している。
愛して止まないし、病むくらいに彼の事ばかりを考える。
そしてその頃とは見た目も随分変わった私は母に願った。
彼と家族になりたいと。
♠
「おはよう渚」
「おはようございますお兄様」
何気ない休日の朝だ。
透から聞いた話だと、余罪の追及は進んでいるそうだが涼宮は未成年ということもあり少しすれば刑務所から出てこれることになったそうだ。
もちろんそれには事情があり、被害者のすべてが涼宮に対し援助交際目的で近づいていたという事や、実際に加えた暴力は外傷の残るようなひどいものではなかったためという部分も彼女の罪を軽くしたようである。
でも、多分元の日々には戻らない。
だから幾分か軽くなった気持ちもまだ完全に晴れたわけではなかった。
「なあ。お前は涼宮のことをどこまで知っていたんだ?」
「そうですね。あの人の家庭環境が狂ってしまい、同時に彼女が狂ったという経緯は実際に事件現場を見る前にもなんとなく察しておりました」
「どうしてだ?俺はあいつを見てても特に変わった様子なんて」
「女の勘、ですかね。ふふっ」
不敵に笑う渚に対して、少しだけ苛立ちを覚えたのは多分涼宮が困っていたのにどうして笑えるんだという感情からだ。
しかし彼女は、それをわかっていてもなお俺との関係を続けさせようとしてくれていたし涼宮に注意もしていた。
だから渚を責めるのは筋違いというもの。
むしろ俺の方がもっと早くに気づくべきだったのだ。
そんな後悔を何回してもどうにもならないのだが、渚は落ち込む俺に言う。
「お兄様、涼宮さんは確かに悪いことをしましたが仕方なくの事情がそうさせたという面もあります。ですのでご友人であるお兄様がそのことをわかっていてあげていればきっと彼女は救われますよ」
「そうだな。うん、反省して償いをすませたらまた、あいつと普通に話せるようになるといいな」
「そうです。あの人のお父様がキャバクラの女と蒸発したのだって、奥様との仲の悪さが原因でしょうしのめり込むのは本人の資質の問題ですからね。子は親を選べないと言いますが、涼宮さんはその不幸に巻き込まれただけです」
「うん、わかってる。もちろんあいつがしたことは悪いが、そうさせた大人たちも悪かったんだと思う。それをちゃんとわかっててやらないとな」
そんな話をして、涼宮の話題は終わった。
ただ、何かずっと違和感というかひっかかったようなものがある気がしたが、それもやがてきにならなくなり渚と二人で昼食の準備をすることに。
最近は俺も家事を手伝うようになった。
それは渚に頼りっきりな自分を脱却したいという思いと、渚にも楽をしてもらいたいという気持ちの両方からだが、こうして好きな人のために何かを頑張れるという自分は案外嫌いじゃない。
涼宮には何もしてやれなかったが、せめて目の前の愛する人にだけは精一杯の努力をしよう。
そんなことを思いながら、休日の午後を平凡に過ごした。
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