手段その40 真相
涼宮の起こした事件は瞬く間に世間に晒されることとなった。
日常的に彼女は下心をもって近づいてくる男を騙しては金をせびったり暴行を加えたりしていたと、実名こそ出ないがテレビでは一人の女子高生が起こした一連の事件を大きく報じていたのだ。
そしてもう一つ真実が。
先日、不法侵入で捕まった田村が狙っていた生徒とは、渚ではなく涼宮だった。
涼宮はかねてより田村に色目を使われることに腹が立ち、罠にかけたということだった。
もちろんそれでも女子高生の家に行き、あろうことか手を出そうと思っていた元教師に情状酌量の余地はない。
ただ、そんな事実が明るみになった今でもなお、涼宮が人を陥れるようなことをするなんてやはり信じられなかった。
それでも涼宮のやったことが明らかになったことで、渚が彼女たちに何かしているのではと疑っていたことは全て誤解だったということにがわかった。
彼女はむしろ、涼宮がやったと知っていて黙認していただけのようだ。
正直俺は渚をかなり疑っていた。
先生のことも涼宮のことも全部彼女が裏で脅しを加えていたに違いないと、そう確信めいたものすら持っていた。
だから反省する。
「すまん渚。俺、正直お前のこと疑ってた。涼宮や先生もお前が裏で何かしたんじゃないかって」
「いえ、はっきりとお話しなかった私にも責任はあります」
「でも、涼宮はなんでそんなことを……あいつのこと、何も知らなかったんだな」
別に涼宮に限った話ではない。
俺は親父が再婚する時だって、言われるまでその気配にすら気づかなかった。
透と遊びに行った時だって、相手の子が悪人だなんて疑いもしなかったし涼宮がそんなことをするやつだなんてことは、未だに夢の中の話くらいに思ってしまっている。
俺は案外、人をちゃんと見ていないのかもしれない。
それに比べ、渚は少し異常なほどではあるが人間観察に優れている。
相手の本質とやらがよく見えている。
最も対応が乱暴すぎるのでそこはよくないところだが。
「なあ、涼宮の面会に行きたいんだけど」
「ええ、そう言われると思っていました。いいですけど、あまりあの人に執心しないでくださいね」
渚は言いながら俺の傍に来てキュッと手を握る。
「お兄様には、渚がいますから」
少し前ならその重みに潰されてしまいそうな言葉だったが、今はそう言ってもらえることで少しだけ肩が軽くなる。
不思議と勇気づけられる彼女の励ましに感謝しつつ、俺は家を出て警察署に一度保護されているという彼女の元へ。
◇
「すみません、涼宮さんに面会できたのですが」
警察に事情を話すと一度断られそうになったのだけど、先日俺たちに話を聞いてきた刑事さんが「こっちにおいで」と、俺の姿を見てそう言ってくれた。
奥に案内されると、よく刑事ドラマとかで見るような、犯人がガラスの向こう側にいる面会室に案内される。
一つだけ用意された椅子に座ると、おまわりさんに連れられて奥から涼宮がやってきた。
「涼宮!」
「……なんできたのよ」
「いや、だって友達じゃんか。なあ、なんであんなことをしたんだ」
「別に。私はそういう人間だったってだけのことよ」
見たことないくらいに暗く、死んだような目つきの彼女に俺は動揺を隠し切れない。
立ち上がりガラス越しに彼女の方へ近づく。
「と、とにかくちゃんと全部話して罪を償え。そうしたら」
「そうしたらあなたが私の世話、してくれるの?」
「え?」
「うち、お父さんが不倫相手とお金持って飛んじゃったの。お母さんはそれで入院して、お金がなかったの。最初は援交でもしようかなって考えたけど、でも初めてくらい好きな人としたいじゃんかって。それで、こうするしか思いつかなくて」
「は、働いたらいいじゃないか。うちのバイトでもなんでもあるんだから」
「そんなもんじゃ足りないのよ。借金まみれで家も追い出されそうでさ。でも、あんたと同じ学校に通って、ちゃんと卒業したかったの!」
「涼宮……」
こんな薄暗い部屋の中で、俺は初めて涼宮のことを知った。
そう。俺が今まで見てきていたのは涼宮ではなく、俺が作り出した勝手な涼宮像に過ぎなかったのだ。
そして、彼女の秘めたる気持ちも知った。
こんなところで初めて胸の内を吐き出す彼女の屈辱は、俺には到底理解できないものだろう。
「ちゃんとしたかった。あんたと普通に青春したかった。でも、私は色んな人にひどいことした。あの妹が気に入らなかったのだって、私のやってることを見透かしていたから。だから嫌いだった。でも、あの子の方が正しかった。それだけ」
言い終えると、彼女はスッと立ち上がり部屋を出て行こうとする。
「待て!ちゃんと罪を償ってやり直そう。俺も手伝うから」
「……そう言ってくれるだけ嬉しい。でも、私と関わらない方がいいわ。じゃあね」
「お、おい!」
涼宮は静かに、扉の向こうへと消えていった。
茫然とする俺に刑事さんが「お茶でも飲んで帰りなさい。家まで送るから」と優しく声をかけてくれたが、それでもしばらくその場を動くことはできなかった。
◇
「ただいま……」
パトカーで家の前まで送ってもらい、部屋に戻るとすぐに渚が玄関先に。
「おかえりなさいお兄様。お疲れでしょうし、お風呂はいかがですか?」
「いや、寝たい。もう何もやる気が起きない」
フラフラと、夢遊病患者のように朦朧としながら部屋に入り畳まれた布団にドサッと寝転ぶ。
そして突っ伏して泣いた。
変わり果てた友人の姿に。そして彼女の悩みにずっと気づくことなくのうのうと生きていた自分自身が情けなくて。
そんな俺を渚は静かに見守ってくれていた。
やがて彼女の気配を傍に感じ、渚によりかかってまた泣く。
華奢な彼女の体を力いっぱい抱きしめながら、俺にはもう渚しかいない。そんな気持ちになっていた。
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