手段その34 本能

 年頃の高校生がムラムラしないなんて話はおそらく日本中探しても稀な例だと思う。

 そして俺は別にその稀な一部の人間ではなく、なんてことはない一般的で大多数の高校生男子の一人にすぎない。


 つまりムラムラしている。

 目の前に極上の餌をちらつかされてお預けを喰らっている状態がずっと続いていたせいか、程度も他の人間とはくらべものにならないほどに。


「お兄様、お風呂入りましたよ」


 渚は最近風呂場に侵入してこない。

 それが安心感だったというのに、今では少し残念にすら思えるのはなんとも不思議な話だ。


 むしろ乱入してきて、中であんなことやこんなことをと妄想するばかりだが、彼女は俺が風呂に入っている間、真面目に夕食の準備をしてくれている。


 このまま裸で飛び出してやろうか、なんてアホなことも考えてはみたが、もし渚にその気がなかったら、俺の大事なものがその場で切り落とされるリスクをはらむので自重した。


 ていうかあんなに誘ってきておいて、自分のものになった途端に何もしてこないなんて、釣った魚に餌をやらないタイプなのかあいつは?


「あがったよー」

「お兄様、今日のご飯はすき焼きです。うんと精をつけてください」

「おお、うまそう。じゃあ早速いただこう」


 でも、渚の事をひとたび良いと思ってしまってからはなかなか彼女のことを以前のように毛嫌いできなくなってしまっている。


 だってご飯は死ぬほど美味いし、俺がうまいと言った時に「えへへ」と笑うその表情はこの世のものと思えない程に可愛いし、洗濯も何もかもやってくれるし俺のことは好きだと連呼してくれるしで、我慢していた頃に見ないようにしていた情報が一気に俺の脳を駆け巡り俺は完全に虜になっているのだから。


「お兄様、お食事が終わりましたら一緒に野球見ましょう」

「そうだな。だいぶルールはわかったか?」

「ええ。とりあえず嫌いな相手にはぶつけてもよいということですね」

「いや、ダメだよ……」

「ですが、相手の選手も出塁できてお得ですしお互い様なのでは?」

「等価交換だからなんでもやっていいわけじゃないんだよスポーツって」

「はあ。なかなか合理的ではないのですね」


 そもそも合理的とはなんぞや、ということまで考えだすときりがないが、渚は少々極端すぎる。


 悪いことをしたら罰を受けて然り、やられたらやり返してもいいという物騒な考えを当然のように持っている。

 しかしそれでは世の中戦争だらけだし、調和というものや妥協というところも知っていってもらいたいものだけど。


「では、お隣失礼しますね」


 テレビを見る時は決まって俺の隣。

 肩を密着させて、小さい頭をこつんと俺の首元に。


 以前はそれをあえて妹の可愛い甘えだと思い込もうと必死になっていたのでなんとかなっていたが、その意識が薄れてしまった今となってはそんなことをされると耐えられるわけもなく。


「な、なあ。渚」

「どうしました?」

「え、ええと……肩、当たってるぞ」

「ええ。お兄様とはできる限りお近くにいたいと」

「渚……」

「お兄様」


 見つめ合うとその大きな瞳に洗脳されたかのように、吸い込まれるように彼女に顔を近づけていく。


 そしてそのまま、絡むようにキスをすると後ろに敷いてある布団にドサッと二人で転がり込んだ。


「……もう我慢、できない」

「お兄様……」

「渚……」


 一体全体不思議なものだなんて振り返ったのはもちろん渚をこの手に抱いた随分後での話だが、童貞で経験もなくアダルトなもので見た経験しかない男が、それでもキスから行為までの流れをぎこちなくもこなせるというのは、やはり生物の本能として、そういうことをする知識が遺伝子に備わっているからなのだろうか。


 なんて思ってしまうくらいスムーズに、何も違和感なく躊躇なく、俺は渚を抱いたわけで。


 感慨深い、なんて感想よりも先に来たのはやっぱりやってしまった感。

 でも、満たされたのも事実で、俺は横で安らかに眠る彼女の可愛い寝顔を見ながら少し得意になっていた。


 ……渚を、抱いた。義妹を抱いてしまった。こんなかわいい子が、あんなことやこんなことを……


 様々な感情が渦巻きながら、俺もやがて眠る。

 寝て起きたら俺と渚は普段通り話せるのだろうか。そんなことを心配しながら。



「おはようございますお兄様」

「……ん、おはよう」

「昨日は、その、ええと……とてもすごかったです」

「え、うん」


 珍しく、渚も俺の隣によこになったままで目が覚めた。

 いつもなら早起きな彼女も昨日は初めての経験で寝坊したのだろうか。


「お兄様、まだ朝早いのでもう一度渚をその手に抱いていただけませんか?」

「え、朝から? う、うん」


 昨日の実戦そのままに、俺は明るい部屋で渚を再び抱く。

 それは昨日とは違った高揚感と罪悪感があったが、だからといって止まらない。

 渚ほど可愛い女の子のあられもない姿を見て、逆に今までの俺はどうやって我慢してたのだと思うくらいストッパーのぶっ壊れた俺は渚を求めた。


 そして朝の目覚ましがなる。

 もう学校に行かないといけない時間だ。


「もうこんな時間、か」

「お兄様、続きは帰ってから存分に」

「う、うん。でも、今日は友達を呼ぶつもりだから」

「では、そのあと存分に」


 そう言って布団を出て下着を身に着ける彼女を見ながら、俺はこれが幸せなのだと実感する。


 可愛い彼女と幸せな時間を過ごす。ただそれだけのことが人間のささやかな幸福なのだと、俺は開き直った。


 しかし。


「お兄様、お電話です」


 電話が鳴る。親父からだった。


「もしもしハルト、一度家に帰ってきなさい」


 神妙な雰囲気でそう話すから、また佐々木さんが店に来たのかと心配したがそうじゃないようで。


「今日は学校を休みなさい」


 そして店にこいと、親父にそう言われて電話は切れた。


「……ど、どうしたんだろ」

「お兄様、一体どうなされました?」

「い、いや。親父が用があるって。今日は学校休むよ」

「そうですか。でしたら私も」

「渚は学校に行かないと」

「いいえ、お兄様のいない学校など行く必要がありませんから」


 結局言うことをきかない渚と一緒に店に向かうことに。


 到着すると、店前で腕を組んで仁王立ちする親父の姿があった。

 

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