手段その33 手作りスープ
「ハルト、渚ちゃんとは仲良くやっているか?」
俺が渚と付き合うことになったその日の夕方、親父からなんともタイミングの悪い質問をされた。
「あ、ああ。うまくやってるよ」
「そうか。ならいいんだが。何かあったら俺も優ちゃんに説明しづらいからな」
「……なあ親父、もし俺と渚に何かあったらどうするつもりなんだ?」
「はっはっは。お前に限ってそれはないと信じてるから、考えたこともないよ」
そんな全幅の信頼を寄せられている息子は、つい昨日陥落してしまったばかりだというのに、親父はまだそんなことを言う。
だから気まずくて話の続きはできなかった。
渚と恋人になる、というのはやはり思った以上にハードルの高いことなのかもしれない。
電話を切った後、台所に立つ渚を見ると俺はなぜか無性に彼女を抱きしめたくなり、後ろからそっと彼女をハグする。
「お兄様?」
「渚……親父にはどう説明したらいいかな」
「それは、いずれ理解してくださりますよ。それよりもうすぐお料理ができますから」
「ああ、わかった」
我慢していた、とまではいわないがおさえていた気持ちが一気に爆発したのか、俺の渚に対する熱は加速するばかり。
たった一日でここまで自分の心境がガラリと変化してしまったことに驚きもするが、そもそも渚は可愛いし俺に尽くしてくれているし、その辺りは以前から何も変わらない。
だからようやくその存在のありがたさに気づいた、というだけなのかもしれない。
「お兄様、あーんしてください」
「あ、あーん」
「ふふっ、素直なお兄様も可愛くて素敵です」
「う、うん」
「今日はまだ病み上がりなのでゆっくり寝ましょうね」
「そ、そうだな」
渚と恋仲になったことで、俺は彼女を抱きたいとかそんなことも考えてしまうようになる。
ただ、逸る気持ちを渚に逆になだめられるかのように、今日はさっさと消灯となった。
「お兄様、お身体がよくなったら……いえ、今日はゆっくりしてください」
「う、うん。渚、俺」
「おやすみなさい、お兄様」
「お、おやすみ」
いつものように隣で眠る彼女だが、今日からはその関係が義妹から恋人となった。
だから触ってみたいし抱いてみたい。もっと渚と色んな事をしたい。
でも、それは俺が万全になってからということ。
しっかり眠って体調を整えて、明日こそはと意気込むように俺は目を閉じた。
◇
翌朝、体調はすっかり良くなった。
昨日の夕食で作ってくれた渚のスープを食べたあたりから徐々に体調が良くなっていた気がしたのだが、寝て起きたら効果覿面、ばっちり全快だった。
「おはよう渚」
「お兄様おはようございます。顔色が良さそうですね」
「ああ。渚の料理を食べたら調子がよくなったよ。あのスープ、まだあるの?」
「いえ、もう切らしてしまいました。また、調子が悪い時にはおつくりいたしますね」
すっかり彼女との同棲ムードが濃くなってきた。
朝から渚と寄り添って食事をした後、二人で一緒に学校へ。
「お兄様、私とのことについて涼宮様や他のご友人にはなんと?」
「そうだな、自慢したいところだけど学校で問題になったらややこしいから秘密にしておこうかなと思ってる」
「それは、私たちの今後を考えてのことですか?」
「もちろんだ。それに他の女に興味なんてないよ」
「まあ。わかりました、渚も精一杯努力いたします」
内緒の関係というのも、どこか気持ちを高ぶらせる。
俺は渚との関係をひそかに抱えながらも、まるで何事もなかったかのように学校生活を送ろうと、平然と教室に入るのだけど、すぐに涼宮が俺のところにやってきて一言。
「ねえ、渚ちゃんと付き合ったの?」
「へ?」
ただの偶然か、それとも誰かから何かを聞いたのか。
しかしあまりのタイミングの良さに俺は思わず変な声が出た。
「な、なんで?」
「なんか学校で噂になってるよ。あの兄妹がデキてるって」
「そ、それって渚のファンが俺を陥れようとしてとかそういうやつじゃ」
「どう思ったけど、先生の間でも問題になってるって聞いたのよ。ねえ、どうなの?」
「ま、マジか?いや、俺と渚はそんなんじゃ、ないけど」
「なーんだ。それならいいんだけど。気をつけないと、結構ヤバいかもよ」
一体何がヤバいのか。その理由はすぐにわかった。
昼休みに職員室に呼び出され、先日捕まった田村に代わって生徒指導を務めることとなった上田先生に俺は少し疑いをもたれたような質問をされる。
「ほんとうに、お前と渚さんはただの兄妹なのか?」
もしそうでないなら大問題だ、とも。
しかし言えない。言ったら渚との仲が云々ではなく、最悪退学なんてこともあり得るかもしれない。
でも、まだ何もしてはいないのだから、堂々としているしかない。
「何もありません。家庭の事情で一緒に暮らしているだけで家族ですから」
「ならいい。しかし、高校生の男女が同棲、しかも何かあったとなれば問題にせざるを得ない。肝に銘じておきたまえ」
◇
放課後まで考えたのだが、どうして俺と渚が付き合っているのではという噂が、こんなタイミングで広まったのか。
やはり偶然にすぎないのか、それとも誰かが意図的に言いふらしてるのか?
ただ、こんな悩みはすぐに解決した。
「おいハルト、お前ついに渚ちゃんとくっついたらしいじゃないか」
「透、その話だれから訊いたんだ?」
「え、渚ちゃんがさっき嬉しそうに言ってたぞ。誰にも言わないでくださいねって」
「……おい」
急いで渚を探しに行くと、一年生の教室がある廊下の前で嬉しそうに女子生徒に何かを話している彼女の姿が。
「私、実はお兄様と交際をすることになりましたの」
「えー、渚ちゃんの言ってた人と?よかったじゃん」
「そうなの、嬉しくて言いたくて仕方なくって。でも、ここだけの話にしてね」
「おっけーおっけー」
「おーい渚―」
「あら、お兄様?」
慌てて渚のところへいくと、渚の友人っぽい子が「もしかしてお兄様?」なんて目を輝かせてるのだから完全アウト。
あーだこーだと聞かれたが、とりあえず渚とのことは絶対に秘密にしてくれと何度も頭を下げて渚を連れ帰る。
「おい、秘密だって言っただろ!」
「すみません、嬉しくてつい」
「……先生に目をつけられてる。目立つ行動は禁止だ。退学にでもなったらどうするつもりだよ」
「そうなれば専業主婦になります」
「俺働くのまだ先だよ……」
渚は賢いのかアホなのかいまいちわからない。
ただ、一つ言えることがある。
「お兄様、今日もお兄様と一緒に帰れて渚は幸せです」
そう話す彼女は、俺のことが好きで好きでたまらないようだ。
それだけはブレない。もちろんその気持ちが嬉しくて、俺も今では渚に惹かれつつあるのだけど。
「……今度、透や涼宮にはきちんと説明するから。家、呼んでいいか?」
「はい、そういうことでしたら喜んで。お二人ともお兄様の大切なご友人ですものね」
「そ、そうだな」
しかし思い切って渚を受け入れてよかった部分もある。
俺を独占できたことで、彼女は随分と周りへの警戒心を解いた気がする。
だから、明日は晴れて友人を家に招くことができるのだ。
そんな些細で当たり前なはずの出来事に一喜一憂しながら、俺は渚と帰宅する。
そして夜がやってくる。
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