手段その31 正義の鉄槌

「ねえ、私ハルト君と付き合ってたよね?」


 店の椅子に座ってすぐに彼女が言った。

 もちろん心当たりのない話だ。


 親父は心配そうにこっちを見ているが、空気を読んでか話に入ってはこない。


「な、なんのこと?俺たちは何も」

「いいえ、付き合ってたわよ。絶対付き合ってた。それなのに急に連絡が取れなくなるなんてあんまりじゃない?」

「な、なにを言ってるんだ。君の方が一方的に連絡を取らなくなったんじゃ」

「いいえ。ハルト君からなんて連絡きてないもの。証拠もあるわよ。それに、付き合って私達することしたじゃない」

「だ、誰かと勘違いしてないか?俺は今まで誰とも付き合ったことないし童貞だぞ」


 そうだ。俺は律儀に童貞のままだ。

 約一名、毎日毎晩俺を襲おうとしてる可愛い義妹の誘惑すら振り切って童貞を維持してるような奴だぞ。


 なのにこの子と俺が?一体何の話だ。


「まあ認めないならいいけど。私、そのせいですっごくショックで精神的に深い傷を負って学校にも行けないの。だからさ、慰謝料払ってよ」

「はあ?何言ってるんだよ。ただ連絡取り合って何回かあっただけでそんなこと」

「あー、そういうこと言うんだ。私、もっとハルト君て潔い人だと思ってたのに」

「ふ、ふざけるな。そんな詐欺みたいな話が通用するわけないだろ」

「まあいいわ。本当は示談でなんとかしたかったけど応じるつもりがないなら訴えるから。うちの両親、すんごくお金持ちなの、言ってなかったっけ?」

「う、嘘だよね」

「ほんとよ。じゃあ、明日までに連絡してね。そこに番号置いてるから」

「ま、待て」


 佐々木さんは颯爽と帰っていった。


「ハルト、あの子は」

「どうしよう。何もしてないのに訴えるだって。さ、詐欺だ」

「店にきた途端、あの子が「この店っていくらで買ったんですか?」とか意味のわからんことを言ってきたからおかしいと思ったんだ。まずいな、警察に相談するか?」

「……いや、もう少し様子見ようよ。あんまり騒ぎになったら店にも影響出るだろ」

「ハルト……うん、俺も今日は店を休んで知り合いに相談に行ってくる。まだ、優ちゃんや渚ちゃんには言うな」

「わかった」


 こういう時、家族っていいなとは思う。

 頼ることができて、悩みや問題も共有できる唯一の存在ともいえる。


 親父は弁護士の知り合いのところに向かうこととなった。

 そして俺は一旦学校へ行き、親父からの連絡を待つことにした。



「お兄様、今朝は大丈夫でしたの?」


 学校に到着すると、正門で渚が待っていた。

 しかし言えない。彼女たちを巻き込むのはやはり違うと、そう感じたから。


「いや、大したことじゃなかったよ」

「そうですか。でも、お顔が暗いですよ」

「ちょっと気分が良くないんだ。まあしばらくしたら治る」

「お兄様、私に隠し事をされてませんか?」

「え、いやそんなことは」

「お願いですお兄様、私とお兄様は家族ではありませんか。家族とは同じ悩みを共有し、共に手を取り合って支え合う存在だと渚は思っております。それとも渚は、やはりお兄様の本当の家族ではないと……」

「渚……いや、ごめん。そうだよな、渚も家族だ。うん、聞いてくれ」


 渚にはあまり言いたくはなかった。心配かけるというのもあるが、嫉妬でこいつが狂ってしまわないかというのも心配だったから。


 しかし、相談しないというのもまた、信用していないことになるわけで、迷った結果、俺は洗いざらい話すことにした。


 しかし、佐々木さんのことを話そうと名前をあげた時、渚がピクリと反応した。


「佐々木……?」

「い、いや別に何かあった子ではないんだ。それなのに向こうが精神的にダメージを受けたからどうのこうのって」

「へえ。あの女、まだそんなことやってたんですね」

「え、知り合い?」

「いいえ、赤の他人です。お兄様、その女と連絡はとれますか?」

「い、いちおう番号はもらったけど」

「では、私に教えてください。お兄様は授業に向かわれて結構ですよ」

「な、なに言ってるんだよ」

「お兄様の敵は私の敵。お兄様を困らせる全てのものは渚にとって例外なく悪。それだけのことです」

「で、でもお前に危険が」

「大丈夫です。一人の方が思いきりやれますから」


 渚はそう言って正門を出る。


「お、おい」

「お兄様、終わったらご連絡いたしますので」

「い、いやそうじゃなくて」

「大丈夫です。私は捕まるようなことは致しませんから」


 最後の一言を聞いて俺は足が止まった。


 そして遠くなる渚を見送っているとチャイムが鳴り、慌てて教室に向かう。


 それでも、俺は授業中じっとしてはいられなかった。


 渚に全て丸投げして、俺だけがこうして何事もなかったかのように過ごすなんてできるはずもない。


「先生、体調悪いので早退します」


 教室を飛び出した。

 とはいっても行く宛てはわからない。


 ただ、なんとなく人の少なそうなところを渚は選ぶんじゃないかと、そう思って俺は直感で港の方にある倉庫街を目指した。



「あら、あなたがハルト君の妹さん?かわいいわねえ」

「あなたは相変わらず微妙な顔してますね、佐々木さん」

「え、会ったことあったっけ?ま、まあいいわ。それで、お金持ってきてくれたんだ」

「お金?私はあなたにお兄様へ干渉するのをやめていただきたくて参りました。これ以上付きまとうようでしたら、容赦いたしませんので」

「はあ?電話で嘘ついたのねあんた。いいわよ、痛い目にあわせてやる」


 佐々木理恵。この女は中学の時からこの辺りで流行っていた詐欺行為を働く女子グループの一人。

 あの入江女子の連中と昔は同じグループで動いてたらしいけど、高校生になった時にお兄様に目をつけたのは、あのおしゃれなお義父さまのお店目的だったのでしょう。


 でも、連絡がとれなくなった。

 いえ、正確には私がこっそりお兄様の携帯をロッカーから拝借して設定を変えて連絡が来ないようにしてあげたのだけど。

 あの頃はまだ家族ではなかったからロッカールームに忍び込むのに少し苦労しましたわ。


 なのに、お兄様から返事がなくて一旦は諦めたと思ってたのにまたやってくるなんて。

 よほど男が釣れないのですね。まあ……ブスですから仕方ないですよね。


「あんた、スタンガンって結構痛いのよ?これ、腕にやられたら結構な傷残るみたいよ」

「へえ。随分物騒なものを持ってますね。でも奇遇です、私も持ってるんですよ、スタンガン」

「へ?」

「しかもこれ、少し改造してまして。多分ゾウでも一撃でショック死するレベルですから、取り扱いには十分注意しないとなんですけど」

「え、え?」

「それとも、私が毎日丹精込めて研いでいるナイフの方がいいですか?その餃子みたいなお耳、切り取って捨ててあげてもかまいませんけど」

「あ、いや、え、え?」

「あー、そうか。その不細工さを作ってるナマコみたいな唇とニンニクみたいな鼻も、いっぺんにそぎ落として差し上げます。一度すっきりして新しいパーツを付け直してみてはいかがですか?あ、でもそれって福笑いみたですね。あは、あはははは」

「ひ、ひ……」


 何この女? 一人前にビビってるなんて人間らしいリアクションとれるんだ。

 

 でも、殺す。

 お兄様は優しくて、素敵で、私に光を与えてくれた人。

 それなのにお兄様の幸せを邪魔するやつは、私の人生と引き換えにしても殺してやる。


 あはは。死んだらそこの海に捨ててやろうかしら。

 大体善良な市民をだまして甘い蜜を啜る連中に生きる権利なんてないのよ。


「こ、こないで……」

「でも、お兄様がやめてと言ってもあなたはやめないでしょ?だから私もあなたの言うことは聞きません」

「ち、違うの、あれは冗談で……そう、冗談だったのよ。本当はハルト君ともう一度お付き合いしたいなって思ってたんだけどちょっと揉めちゃって」

「へえ。なら仕方ないですね」

「わ、わかってくれ、た?」

「ええ。あなたがお兄様に手を出す人間ならやっぱり殺さないといけないとはっきり理解しました。苦しみ悶えながら死になさい」

「ひー、誰かー!」


 涙と失禁でびしょびしょになったこのゴミを一刺しにしようと、私はそっとナイフを取り出した。


 その時だった。


「渚!やめろ、やっちゃだめだって」

「お兄様?」


 大好きなお兄様の声がした。

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