手段その29 誘導
『昨日、女子高生を使っての詐欺行為を働いていた暴力団関係者の男が逮捕され……』
透が襲われた翌日、その犯人が逮捕されたというニュースは朝のニュースで大きく報じられていた。
なにせ美人局に現役女子高生が加担していたとなれば、これは社会問題だ。
今日、まなみさんの在籍している入江女子高校には多くの報道陣が、どこから情報を嗅ぎつけたのか知らないが無数に押し寄せていた。
「お兄様、随分と物騒な世の中ですね」
「ああ、渚も夜道は気をつけないと」
「お兄様と一緒ですから。大丈夫です」
しかしこんな大ニュースすらどうでもよくなるほどに、俺の頭は渚のことでいっぱいだった。
涼宮、田村先生もそうだし透だってもちろんだが渚が何かをして黙らせていることは明白だ。
凶器で脅したのか、それとも弱味を握ってゆすっているのか。
ただ、そんなことを本人にはもちろん聞けない。
どうしたものかと思っていたところ、透から電話がかかってきた。
「もしもしどうした?」
「昨日はありがとな。あのさ、さっき聞いたんだけど、お前がいい感じだったあかねさんも、なんかまなみちゃんと同じことやってたらしいぞ」
「え?まじか」
「ああ。お前、なんもされなかったのか?」
「いや、まあ偶然渚が来て何もなかったよ」
「いやあ、渚ちゃんは救世主だな。まじで大事にしろよ。じゃあまた学校で」
いつぞやのカラオケボックスでいい感じになったあかねさん。
彼女もまた、美人局グループの一味だったそうだ。
それを聞いておれはふと思った。
渚はそれを知ってて俺を助けに?
もちろんどうして場所がわかったのか、なぜ彼女たちのたくらみを知ってたかなんてことは不明だけど、結果として俺も透も助けられている。
渚がいなければ俺たちは今頃……
「お兄様、学校へまいりましょう」
「あ、ああ」
ただの偶然に違いないのだろうが、しかし渚が俺を助けてくれたことは事実。
なので一応感謝はしておかないと。
「渚、ありがとな」
「どうしたのです?」
「いや、いつもありがとう」
「まあ。そんなお褒めの言葉を賜るなんて、私、もうお兄様と死んでもよいです」
「い、いやまだ俺は生きたい、かな?」
「逝きたい?」
「いやいや命あってのものだから。もっと渚とおいしいもの食べたりしたいし」
「そうですね。一緒のお墓に入るのはまだ先にいたしましょう」
朝から少し肝を冷やしたが、渚の機嫌は上々。
そんな彼女を見た時に、またふとあることに気づく。
「渚、お前スカートの丈はいじってるのか?」
「いいえ、規定通りです。膝も隠れておりますしそもそも短くする理由なんてありませんもの」
「そう、だよな。うん、いやなんでもない」
田村先生は以前、渚のスカートの短さについて言及した。
しかしよく考えたら渚がそんな部分でおしゃれをしているところなんて見たことがない。
どちらかと言えば露出も少ないし、確かに足の長い渚はスカートから覗く足が見惚れるほどに綺麗なので相対的にスカートが短く見えただけなのかもしれないが、それにしてもそんなことをわざわざ言ってくるのは変だ。
「お前、田村先生に何か言われたか?」
「いいえ。でもあの人、私のことをジロジロ見てくるので嫌いです」
「先生が?あの人、奥さんもいるだろ」
「でも、性的な目で見てきていると思います。お兄様、何かされた時は……いえ、その心配は無用ですかね」
「そ、そうだよ。それに……いや、なんでもない」
それに、渚の被害妄想かもしれないと、そんな無責任なことは言えないかった。
でも、あの田村先生に限ってそんなことはないと信じたかったのだが……
◇
「えー、昨日田村先生が生徒の家に忍び込んで現行犯逮捕されるという非常に遺憾な事件が発生しました。他の生徒ももし被害に心当たりがあれば担任の先生に相談してください」
今朝の全校朝礼で、田村先生が捕まったことを知る。
渚が心配無用といったのは、このことを知っていたからなのか?いやさすがにそれは考えすぎか。
朝礼が終わり、他の生徒の様子をみると皆口々に田村先生のことを話していた。
やると思ってたなんて知ったかぶりをするやつや、まさか先生がとショックを受けるやつもいたり、反応はまちまちだが、どの女子生徒も特段被害を受けた様子はない。
「お兄様、やはりあの先生はいかがわしい男だったようですね」
「でも渚、先生は渚にむしろスカートを長くしろって言ってたんだ。おかしくないか?」
当然の疑問だ。
しかし渚の解釈は違った。
「いいえ。そうやって言っておけば、あとで呼び出した時に私のスカートに難癖つけやすいですもの。そしてその場で違反したスカートを脱げ、なんてセクハラでもしようとしたのでしょう」
「か、考えすぎじゃないかな」
「どうでしょうね。でも、今となっては真相は闇の中、いえ牢獄の中ですかね、うふふ」
自分の予想が当たったからか、渚の機嫌はよさそうだった。
そのまま教室に戻ると、涼宮が俺のところにやってきてさっきの田村先生のことについて話題を持ち出す。
「よかったわねハルト」
「よかった?なんの話だよ」
「あの田村先生、実は相当ロリコンで渚ちゃんに入れ込んでたって話よ」
「まじで?いや、でも俺には特に関係ないというか」
「それがさっき聞いたんだけど。なんかさ、あんたの不祥事をでっちあげて退学にしようとしてたみたいなのよ。ヤバくない?」
「はあ?なんでそんなこと」
「さあ。渚ちゃんと一緒にいるから逆恨みされたんでしょ」
「嘘だろ……」
ただ、この噂は本当だった。
被害者になりかけた俺は、昼休みに教頭先生から呼び出されて「うちの教師がこんなことを画策していたらしい。深くお詫びする」なんて言われたもんだからびっくり。
警察の取り調べであれこれ話しているうちに、田村先生の二面性というかヤバい裏の顔が浮き彫りになっていったそうだけど、まあ詳しい話はよく聞かないことにした。
そんな感じでバタバタした一日が終わり、渚と真っすぐ家に帰ってから食事ができるまでの間、一人でテレビを見ていると田村先生のニュースが流れていた。
「えー、容疑者は警察に対して『狙っていた生徒に、家で待っていると言われて住所を教えられた。裏口から入ってくるようにと言われていて指示通りそうしたが別の家だった。』などと供述しているそうです」
ニュースキャスターがそう読み上げた時、俺はある一言が引っかかった。
狙っていた生徒……それってつまり、渚のことか?
だとしたら渚が、田村先生を誘惑して嘘の情報を教えて罠に嵌めたとでも?
「お兄様、お食事ができますのでテーブルを空けていただけますか?」
「あ、ああ。渚、お前田村先生とは本当に」
「何も話していません」
「そ、そうか」
「はい。でもお兄様にまで悪さをしようとしていたなんて相当な悪徳教師ですね。きっと天罰がくだったのでしょう。さっ、今日の夕食はカツカレーです」
渚がカレーをもってこっちに来る時に咄嗟に俺はテレビを消そうとリモコンを手に取った。
「テレビ、見ないのですか?」
「え、うん。まだ夕方だからニュースばっかだし」
「そうですか。ではいただきましょう」
「ああ。いただきます」
ちょうどテレビの音が消えた時、かあかあとカラスが外で鳴いていた。
静かに口に運んだカレーの味は実にうまかった。
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