手段その28 執行
「助けてくれ」
放課後すぐに俺は透のところに行った。
もう頼れるところがここしかなかったのだが、しかし透も俺の顔を見て「どうしたんだ」とすぐに耳を傾けてくれる。
「渚のやつ……あれはヤバい」
「ヤバい?何がだよ。可愛すぎてヤバいとかそんな話か?」
「だったら相談しねえよ。マジで危ないんだあいつは。どうかしてるとしか言えない。でも、俺じゃ止められない」
「なんだよそれ。涼宮とこの前話できてたじゃんか。怒っちゃったのか渚ちゃんが」
「いや、涼宮はもうあいつの毒牙に……」
その先を話そうとしたところで渚の姿が廊下に見える。
そして咄嗟に話題を変える。
「そういえばカラオケ、いつ行く?」
「は?なんだよお前急に」
「いいから。明日、明日行こう。じゃあな」
「お、おい」
俺が渚のことを透に相談しているところを見られたらあいつまで巻き添えを喰らう。
だから慎重に。焦るな……
「お兄様、今日のご夕食はいかがいたしますか?」
「あ、ああ。なんでもいいよ。帰りにスーパーでも寄ろうか」
「ええ。でもご友人の方とお話はもうよろしかったのですか?」
「え、まあ大丈夫だ。大した話じゃない」
「そうですか。では参りましょう」
こっそり透に手を振ったというのに透は空気を読まず「このまま捕まえた入江女子の子とデートしてくるわー」なんて大声で言うもんだから俺は渚の手を引っ張って急いで教室を出た。
「……あいつの言ってたこと、気にするなよ」
「ええ、お兄様は何もやましいことなどないと信じております。でも、あのお方は少々女性の扱いが雑に思われます。あんな男が蔓延る社会ですから、まだまだ女性が軽視された世の中なのですよ」
語る渚は最後に「だから天罰でも喰らえばいいのに」と物騒な一言を添えてから、俺の腕に抱きついてきた。
「ふふっ、お兄様は私といるのが一番幸せなのですよ」
「どうしたんだよ。いや、まあ俺だって渚といるのが嫌とは言ってないだろ」
「でも、他の方ともいたいと、そう仰りたいのですね」
「そ、そりゃたまには……いや、浮気とかそういうんじゃなくてだな」
「わかってます。お兄様は私がお守りしますから」
だから何からだよと、いつもそう思うのだが口にはせず。
スーパーに寄って買い物をしてから帰宅して、渚が料理をしてくれている間にテレビをみていると、透から電話が。
「もしもし、どうしたんだよ」
「た、助けてくれ!俺、殺される!」
「ど、どうした!?え、何があったんだ?」
「た、頼むから!頼むから駅裏まで来てくれ……あっ!」
「お、おい!」
電話が切られた。
透のやつ、一体何が?
「お兄様、お食事の準備ができました」
「渚……透が何かわからんがピンチみたいなんだ。ちょっと行ってきていいか?」
「……自業自得ですよあんなの」
「え?」
さっき電話で聞いただけでも何が起きたのかさっぱりだというのに、渚は知った風にそう話した。
……やっぱりこいつ、透にまで?
「おい、何か知ってるのか?」
「いいえ何も。ただ、天罰がくだったのでしょう」
「そんなこと言ってる場合か!友達が危ないみたいなんだ!行ってくる」
「待ってくださいお兄様。お兄様が行く必要など」
「まだそんなこと言うのか!いいから黙ってろ」
俺は家を飛び出した。
走って駅まで向かう間、さっき渚に言った一言を思い出す。
黙ってろ、か。
初めてだな、あいつにあんなことを言ったのは。
……帰ったら何をされるだろうか。
いや、そんなものが怖くて友達を見捨てる奴があるか。
もしこれが渚の仕業だとしたら、俺はあいつを……許さない。
駅裏は、反対側と違って随分静かだ。
しかし透の姿はない。
「おーい、透どこだ」
呼びかけながら電話をかけるも、出ない。
とっくに移動したのか、あるいは……
最悪なことが頭をよぎる。
もしかしてとんでもない事件に巻き込まれて拉致でもされて……
いや、それも最悪だがもっと最悪なのは、渚の差金で誰かに誘拐されて……
ダメだ、へんなことは考えるな。
探せばきっと……
俺は邪念を振り払いながら必死で透を探した。
しかし姿はなく、段々と日が暮れていく。
歩き疲れて、俺は閑散とした駅前のベンチに一人腰掛ける。
そして後悔する。
……俺が、もっと早くに渚と距離を取っておけばこんなことには。
いや、そもそもはっきりしなかったのが悪い。
期待させるだけさせて、問題を先送りにし続けた結果がこれだ。
全部、全部俺のせい……
「ハルト、来てくれたのか?」
「え、透?」
項垂れる俺の前にケロっとした表情で透が現れた。
無事だった、のか。
「お前、心配したんだぞ!なんだよどこいたんだよ」
「いやー、実はさこの前の子がヤバい子で、つまりは美人局にあってヤクザに追われてたんだよー」
「なんだって?」
この前、渚に内緒で遊んだ子の一人で透と先に出て行った子が、実は金目的で男を引っ掛けているヤクザの女だったと。
そしてホテルに行こうとした時に絡まれて、追われていたそうだが。
「で、大丈夫だったのか?」
「まあ、なんとか。さっき渚ちゃんに会ってさ、その人捕まりましたよーって言われてようやく出てきたわけ」
「渚が?いや、あいつは家に……」
一体これはどういうことだ?
俺の後であいつも家を出たとして、どうしてその状況を知ってて、俺も探せなかった透の場所までわかるんだ?
「お前、渚に変なこと言われなかったか?」
「え、いや、べ、別に。まあ、女関係には気をつけろってくらい、かなあ」
この言葉は、何かを濁しているとすぐにわかった。
やっぱり、渚に何か言われたんだ。
……あいつ、裏で何してるんだ。
「まあ、とにかく無事でよかった。渚はどこに?」
「さあ。さっさと行っちゃったから」
「わかった。探してみるよ」
俺は透にさっさと帰れよと言ってから、渚を探しに再び駅裏へ。
なんとなく、そこに彼女がいる気がした。
そしてその勘は当たった。
「渚……ん、誰かと話してる?」
薄暗い高架下で、渚の姿ともう一人、目の前に座り込む女の子の姿が見えた。
こっそり近づくと、会話が聞こえる。
「お前がお兄様のご友人に余計なことしたから私の手料理が冷めてしまったわ。あの世で己の愚行を呪いなさい」
「お、お願い命だけは!も、もう二度としないから!」
「お兄様との大切なひと時は二度と戻らない。それを邪魔するやつは皆万死に値する。お前の安い命で償え!」
「ひーっ!」
「やめろ渚!」
暗くて最初はよく見えなかったが、渚の振りかざした手には、台所にあったアイスピックが握られていた。
俺の制止でその手を止めた渚は、くるっとこっちを振り返ってから笑う。
「あら、お兄様。こんなゴミを庇うのですか?」
「ど、どんな理由でも人を傷つけたらダメだ。こっちに来い」
「お兄様がそうおっしゃるのなら。わかりました、今回だけはお兄様に免じて」
そう言ってアイスピックをカランと道端に捨ててから、腰を抜かした女の方へ向かっていき、渚は俺にも聞こえるほどの声で一言。
「次は確実に殺す」
その言葉と同時に女は走り出し、何度もコケながら、それでも必死で立ち上がり懸命に逃げていた。
その姿には見覚えがあった。
「あの子、まなみさん?」
透に美人局をしたという、以前一緒にカラオケに行ったあの子だ。
……どういうことだ?
まさか渚が、透を助けた?
「お兄様、帰りましょう」
「え、あ、ああ」
「お兄様、せっかくのお食事が冷めてしまいましたね。帰ったら全部作り直します」
「あ、温めたらいいだろ」
「いいえ、お兄様にレンジで温めたものを食べさせるなど、添い遂げる女として失格ですもの」
相変わらずの渚だ。
間違いない、これは渚だ。
しかし、だったらどうして透を助けた?
俺が困っていたから?いや、だとしてもそこまでする理由は……むしろ透がいなくなった方がこいつにとっては都合がいいはずだし……
結局帰るまでも、帰ってからもずっと考えたが答えなんて出なかった。
その日の夜、透から珍しくメールがきて、「渚ちゃんは大切にしろよ」とだけ書かれていたのを見て、また俺は混乱した。
渚は一体、裏で何をしているんだ?
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