手段その27 先生

「おはよう涼宮」

「……おはよう。妹さんは今日は一緒じゃないの?」

「ああ。今日は先生に用事があるとか」

「そう。あの子とは仲良くすることね。だって、いい子そうじゃない」


 週明けの学校でのこと。

 涼宮が俺のところにくるとそんな話をするものだから少し呆気にとられる。


「なんだよ急に。昨日までアンチ渚だったじゃないか」

「そ、そうじゃないわよ。あんたが困ってたから同意してあげてただけで……ええと、昨日帰りに偶然あの子にあって少し話をしたんだけど、まあ、いい子だし節度は守るとか言ってたし、それに、まあ、とにかくいい子よ、うん」


 涼宮の様子がおかしいのは見てわかる。

 会話がしどろもどろだし目が泳いでる。


 一体何があったんだ?


「お前、まさか」

「何もない、絶対何もないから」

「い、いやだって」

「この話は終わり。それより、今度はどこ行く?渚ちゃんから私と遊ぶのはいいって許可もらったんだ」

「そ、そうなのか?じゃあカラオケ行くか」

「おっけー。また相談しよ」


 少し嫌な予感がしたが思い違いか。

 渚と話して、本当に二人が理解して和解したのであればそれでいい。


 しかし、友人のお墨付きをもらったとなると渚と別々に住むという話もしづらくなった。

 このまましばらくはこの生活が続く、ということだろうか。


 これからのことを少し憂いていたその時、校内放送で俺はまた先生に呼び出しを喰らった。


 また、渚についてのことだろうかと、渋々職員室に向かうと今日は先生の顔つきが少し怖い。


「ど、どうしたんですか?」

「葉山、お前はあの妹さんと同棲しているらしいな」

「え?」


 誰からの情報かは知らないが、先生は俺たちがアパートの一室で同棲していることを知っていた。

 現住所は実家のままにしておいたのだが、誰かに見られてリークされたのだろうか。


「実家ならまだ仕方がない。ご両親の事情なんてものも口をはさむ話ではない。でも、仮に家族であっても血のつながっていない高校生同士が同棲というのはやはり教育者としていかがなものかと先生は思う」


 悪いことを指摘されてまずい雰囲気になっていたのだが、よく考えるとこれはチャンスでしかないことにすぐ気が付いた。


 そうだ。先生や学校の方針で俺と渚が一緒に住めなくなってしまえばいいのだ。

 そうすれば誰のせいでもなく、合法的に穏便に物事が解決する。


「せ、先生」

「なんだ、何か言い分でも?」

「いえ。渚にはこの話は?」

「さっきしたところだ。昼休み時間までにどうするか聞かせてもらうことになっているから君も考えておきなさい。あまり公にしてことを荒立てたくはない。二人がきちんとするのならここだけの話で留めておくつもりだ」


 先生は規律を守りながらも生徒の未来を案じてくれる立派な人だ。

 だからここは先生に任せよう。俺はそう思って昼休み時間にまた来ますとだけ告げて教室に戻った。


 なぜかその後の授業はすごくよく頭に入った。

 先日、涼宮と話していた時には随分と悩んだものだがもう悩むことはない。


 俺は渚と同棲解除となるのだ。

 だから誰も悪くなく、もちろん俺も悪くない。


 そんな解決策があったのなら早く言ってくれよ、でもリークした見ず知らずの誰かよありがとうと、そんなことを心の中で呟きながら授業を終え、昼時間に再び職員室へ向かった。


 すると、先生と渚が先に話をしていた。


「失礼します。あの、先生」

「ああ、葉山か。うん、さっきの話はなしだ」

「え?」

「いや、どうやら私が思い違いをしていたようだ。君と渚君は本当の兄妹として親から自立しようと頑張っているんだな。えらいぞ」

「は?」

「き、教育者として自立しようと頑張る学生を先生は応援しないと、だからな。あはは」

「え、ええと」

「はい、この話は終わりだ。渚君、兄妹仲良くするんだぞ」

「はい、先生。ご理解感謝いたします。お兄様、お昼にいたしましょう」

「お、おう」


 なんだこれは?

 今朝はあんなに神妙な顔つきで俺の事を心配していた先生が、あっさり俺たちのことを認めるなんて……


 ……こんなこと、前にもあったな。

 そうだ、涼宮もだ。


 あいつも俺と渚のことを反対していたはずなのにあっさりと掌を返したように認めたどころか、なんなら一緒に住んだ方がいいとまで言い出す始末。


 これは一体……


「お兄様、どうかなさいました?」

「い、いや。先生とさっき何を話してた?」

「え、もちろんお兄様との健全な兄妹生活についてですが」

「よ、よくわかってもらえたな。それに涼宮とも、何か話したんだろ?」

「あの女、何を言ったのですか?」

「え?」


 涼宮の話題を出した時、彼女は手に持っていた鉛筆をパキャっとへし折った。

 そして暗い目をして俺を覗き込む。


「あの女、お兄様に変なことを吹き込んだんですか?まだそんなことを」

「ち、ちがう!あいつはお前とあって、和解できてよかったとかそんな話を」

「そうですか。ならよかったです。私も余計な労力を使わずに……いえ、まあ改心なされているのであればいいのです」


 渚は折れた鉛筆をすっと持ち直して、ちょうど折れた両面が見えるように二つ折りにして一言。


「鉛筆って、削らなくても危ないんですね、ふふっ」


 こんな彼女と一緒にいるのはやっぱり怖い。

 でも、周りはなぜか俺ではなく渚の味方になっていく。


 このままではまずいということははっきりしている。

 でも、先生も涼宮ももう……


「お兄様、学食に行きましょう。たまにはカレー、食べたいです」

「あ、ああ。わかった」


 後、頼れる先は……そうだ透だ。

 危険に巻き込みたくはないがしかし、あいつにも相談をしているわけだしここは乗り掛かった船だと思ってもらって……


 

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