手段その26 アドバイス
週末になった。
ただ、この週末はいつもとわけが違う。
「いってきます」
「いってらっしゃいませお兄様。お気をつけて」
今日は渚を置いて、久々に友人と食事なのだ。
自由の少ない俺にとってこれがどれだけ嬉しいことか、毎日フラフラできるやつらにはわかるまい。
軽快に駅前まで歩いていき、先に待っていた涼宮と透と合流する。
「お待たせ」
「なんか久々ね、こうして三人で出かけるの」
「さっそく行こう。飯はそこのファミレスでいいだろ」
やはり仲のいい友人とのこういった時間も大切なものだ。
渚も、ようやくその辺のことを理解してくれ始めたのかな。
店に入ってドリンクバーと料理を注文し、飲み物を片手に早速最近の話をする。とはいってももっぱらの話題は渚について、だ。
「渚ちゃんについて、あれから色々聞いたんだけど、あんまり知ってるやつはいなかったな」
「あんまり、ってことは多少はいたのか?」
「ああ。でもさ、名前は知ってるとかそんな程度だ。あんな美人なのに変だろ?」
「うーん。本当に目立たなかっただけ、なのかもだけど考えにくいな」
渚の過去は謎が多い。
隠している様子もないが、こちらも何から聞いてよいのかわからず今に至るのだが、ここまで情報がないのもやはり変だ。
「でも、私思うんだけどあの子って絶対陰キャよね」
「どうして?」
「だって、そこまであんたに執着するなんてやっぱり変よ。友達もいないんでしょ?だったらやっぱりコミュ障とかそっちじゃない?」
「でも、俺といる時はよく喋るぞ」
「そりゃ、好きな相手の前ではそうでしょ。あんたってほんと女心理解してないのね」
「余計なお世話だよ。でも、ほんとにこんなんじゃ彼女どころかって話で……近いうちに渚に押し倒される未来しか見えないよ」
横で透が「そんなの男の夢だろ」とか言ってたけどもちろん受け流す。
可愛いは正義だ、なんていうやつもいるけど、可愛い悪魔、美人な悪党というのも確かに存在はするんだよと、俺は渚と過ごす時間でそんな教訓めいたことを学んだ。
今となれば渚と義兄妹だから付き合えないなんて理由はちっぽけなものだ。
どちらかと言えば付き合いたくない、と思っている。
でも、それでも一緒に暮らす家族だし家事も全部やってくれるし二人でいる時は案外楽しかったりするし可愛いのは間違いないし、どうして渚はああなのかと嘆く自分がいるのも確か。
つまり、渚が普通であってくれれば俺だってもうちょっとは彼女との付き合い方も変わっただろうと、そんなことを考えるようになっていた。
「でも、実際付き合ったら変わるんじゃないか?」
透の一言に、俺も「いや、それも考えたけど」と返す。
そりゃあ付き合ってから変わったなんて話はゴマンと訊くが、そうならなかった場合や、逆にひどくなったケースを想定するとリスクの高すぎる行為だ。
だからどうしたらいいのかと話しているうちに、涼宮が一言ぽそり。
「ねえ。なんかさっきから訊いてたら、どうやったらあの子と付き合えるのかって話にしか聞こえないんだけど」
「え、いやそんなつもりは」
「でもさ、結局あの妹が嫉妬深くなくて狂暴じゃなくてメンヘラじゃなかったら付き合えるってことでしょ?」
「いや、それは、でも親父が」
「そんなの最初だけでしょ。もうおじさんだって何も言ってこないんでしょ?」
「確かに……最近は俺たちの様子を聞いてくることもないな。でも、それは安心しきってるからとか」
「いいや、あの妹のお母さん、つまりあんたの義母があれこれ言って洗脳してんのよ。結局かわいいのは実の娘って話ね」
最近親父とは仕事のことや進路のこと以外で話した記憶はない。
優子さんとだって挨拶したりする程度で、渚のことについて何か二人から言及されることはめっきりなくなった。
……つまり親という障壁は今は大丈夫、ということか。
「だ、だとしてもそんな簡単な話じゃ」
「ほら。簡単な話じゃないから何?別にあんたがはっきり付き合う気はないと言えば済む話でしょ?」
「で、でもそれをいうと渚が怒るから」
「怒るからどうしたのよ。それこそおじさんに妹にムラムラしちゃうのが嫌だから家を別にしてくれって言った方が健全に話が済むわ。結局、あの子がいいんでしょあんた」
涼宮は珍しくムキになった。
どうしてそんなに怒るのか、というのもこいつが友人想いだからと知っている。
俺のことを心配してのアドバイスだろうし、実際俺は悩んでいるわけだからこいつみたいにズバッと言ってくれるのを待っていたのかもしれない。
「……わかった。俺、帰ったら渚に話すよ。やっぱりあいつとは付き合えないし、このまま一緒に暮らすってのもどうかと思うから親父にも相談する。それであいつが理解してくれないんなら、兄妹にはやっぱりなれないわけだし諦める」
「はあ。そうそう、そうやって最初からやってたら違ったのに。ま、目が覚めたってことで乾杯しましょ。まだ時間大丈夫でしょ?」
「ああ。この後カラオケでもいくか」
「いいねいいね、生き生きしてきたじゃんあんた。私のアドバイスは素直に聞くものよ」
「間違いないな」
実際にこの後、三人でカラオケに行くことはなかった。
というのも、別に俺が渚に呼び出されたわけではなくむしろ彼女の方は大人しくなりを潜めていたのだけど、急に涼宮が「ごめん、用事が入った」と言って帰ることになったから。
透と二人で何かしてもよかったけど、ちょっと盛り下がってしまったのと、俺も帰って早く渚に話をしたかったので、この日はさっさと家に帰ることにした。
「ただいまー。あれ、いないのか」
渚は買い物に出かけているのか、家にはいなかった。
でも、あいつのことだからすぐに帰ってくるだろうと思ってテレビを見ていたが夕方になってもその気配はない。
店にでもいってるのかと思い、親父に連絡してみたが来ていないという。
一体どこで油を売っているのか。
そんなことを考えながらつまらない夕方のワイドショーを見ていると電話が鳴る。
「もしもし。涼宮どうしたんだ?」
「いえ、あの、今日のお昼の話なんだけど」
「話?ああ、渚のことか。まだあいつ帰ってないんだよ。でも、もどってきたらちゃんと」
「いえ、そのことだけど、やっぱり兄妹って一緒に暮らすべきだと、私はそう思うの。だ、だって家族だし」
「ん?いや、だってお前が」
「ち、違うのあれは、その時はそうかなって思ったけど、いや思ってなくて、ええと、とにかく渚ちゃんが帰ってきたら仲良くするのよ」
「え、おいどういうことだよ」
「いいから、お願いだから。私のアドバイスは素直に聞く方がいいって言ってくれたでしょ」
「そ、そうだけど」
「じゃあ、そういうことだから。また」
ブツっと電話が切れた。
……一体なんだったんだ?
涼宮の奴、渚のことになるとちょっと変というか、言ってることもめちゃくちゃだ。
結局話はしない方がいいってことか?
でも、なんで?
「ただいま戻りましたお兄様」
電話が切れて少し経ってから、渚が帰ってきた。
「遅かったじゃないか」
「ええ、少し急用ができまして」
「そうか。どこで油売ってるんだって心配してたんだぞ」
「あら、油は売ってませんよ。少し撒きましたけど……ってこの話は別に関係ないことですね」
「?」
「それより今日は先にお風呂に入らせていただきます。手がべたべたして」
渚はそう言って荷物を置くとさっさと風呂へ向かった。
一体どこに何しに行ってたのかと首を傾げていると、彼女のカバンからコロンと何かが転げ落ちた。
「これは……ジッポライター?」
煙草を吸うわけでもない渚がどうして?
まさか男の……ってそうならそうで俺にとっては都合のいい話だがそれはないだろう。
じゃあ、どうして……
「お兄様、そういえば今日のお食事はどうでしたか?」
脱衣所から渚の声が。
「ああ、久々で楽しかったよ。まあ、友人ともたまには話さないとだな」
「そうですか。ご友人のアドバイスは真摯にお受け止めになった方がいいですものね。では、お風呂入りますね」
ああ。と返事をしてすぐに思う。
……どうして渚が涼宮達との会話を知っているんだ?
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