手段その25 許可
渚とは、店で一方的に見られていた以外に接点があった。
俺は先日のメモを見てそう確信し、透に渚の過去について調べてもらうことにした。
なにせ女子のネットワークが広い透のことだ。
あれだけ可愛い子ならすぐに何かしらわかってくるだろう。
「木南、だっけ?渚ちゃんの旧姓は」
「ああ、確かな。しかしあんなに可愛い子が地元にいたら学校違ってても評判にくらいなると思うんだけどな」
「俺も全く聞いたことないな木南渚なんて名前。まあ、ちょっと時間くれ」
頼んだぞ、といったところで渚の姿が廊下に見える。
「お兄様ごきげんよう」
「ああ。そういえば渚って中学どこだっけ?」
「私ですか?桜木第二中学ですが。なにか?」
「いや。そういえば渚の昔の話って聞いたことないなって」
透から言われていたのは、結局本人から訊くのが一番手っ取り早いから聞けるだけは聞いとけとのこと。
それについては俺も賛成だ。渚が言っていたことと、透の情報が食い違ったら何か嘘があると疑ってかかれる。
アドバイスに忠実に、渚に質問をするのだがどうも嘘を言っている様子もない。
隠す必要もないということは、やはり俺があれこれ考えすぎなのかもしれない。
「そっか。俺は第一中学だから隣だったんだな。でも中学の時も渚だったら相当人気だったんじゃないか?」
「いえ、全くです。どうしたのです?急に渚の過去を詮索するような話ばかり」
「い、いや。渚にも昔付き合ってたやつとかいたのかなって」
「それは、嫉妬ですか?」
「え、ど、どうなんだろなあ、あはは」
「嬉しい。お兄様が私にヤキモチだなんて。今日はご馳走にしましょうね」
「お、おう」
なぜかわからないが渚の機嫌を損ねるどころか少し彼女は喜んでいた。
ウキウキしながら教室に戻る彼女の後ろ姿をみながら息を吐く。
あんまり飛ばし過ぎてもよくないな。
今日はこの辺にして、あとは透の報告を待とう。
メモに書かれた内容が気になったとはいえ、どうしてここまで詮索するかといえば、あの日以来、少し体調が悪いのだ。
体がだるいというか、力がはいらないというか、覇気がないというか。
夏バテみたいなものかもしれないが食欲もないし、性欲もない。
疲れているせいか驚くくらい深い眠りにつけるのだけど、その割には体力が回復していない。
これは単なる偶然か、それとも渚が仕掛けたものなのか。
そんなことを考えるうちに、まず渚という人物をもっと知る必要があると、俺はそう考えたのだ。
「ねえ。あんた最近疲れてない?妹に振り回されてるんでしょ」
「ああ。どうも怠くてな。でも、別に何かしてるわけでもないんだ」
「ふーん。気疲れかしら。ま、いいわ。それより今度の週末さ、ご飯行かない?」
「まあ、いいけどと言いたいところだが渚をうまく誤魔化せたら、だな」
「なんなら私から言おうか?」
「いや、それはやめてくれ……」
涼宮とはここ最近遊びに行っていない。
だから彼女も物足りないのか、こうしてちょくちょく誘ってはくれるのだけどどうも渚を回避する方法が見つからず出かけるまでには至っていない。
これが涼宮だからいいものの、こんなに束縛されてたんじゃ俺には彼女はおろか友人すらできない。
どうしてそこまでして俺を縛りつけたいのかが、本当に不可解だ。
ふと、授業中にメンヘラについて調べてみた。
しかし、書いてあるものはどれもありきたりでしかも皆が口をそろえて「本人以外理解不能」と書いてある。
やはり、渚のことを理解しようなんて無理なのかなあ。
◇
「お兄様。今日はお赤飯にしました」
一緒に家に帰ってしばらくしてのこと。
渚がキッチンからひょっこり顔を出して俺に微笑むと、お茶碗に盛った赤飯を嬉しそうに見せてきた。
「おれ好きなんだよ。でも、大体お祝いの時しか食べないからな。渚も好きなのか?」
「ええ。それに、遅くなってごめんなさい」
「ん?」
「いえ、なんでも。それに今日はお魚も買ってあります。お刺身にしましたので召し上がってください」
今日は渚の言う通りご馳走だった。
まるで祝言でもあげるかのような食事に俺は渚の機嫌のよさを垣間見てほっとする。
結局何事も機嫌次第だ。
どんな優しいやつでも不機嫌なら怒るし、どんなに渚のような奴でも機嫌さえよければそうそう乱れたりはしない。
だから、機嫌よく食事をとる渚を見て、ちょうど食べ終わる頃に俺は彼女にお願い事をする。
「なあ。週末に友達に飯誘われてるんだけど、行っていいかな?」
「土曜日ですか?日曜日ですか?誰とですか?女性はいますか?二人っきりですか?どこで何を、ランチかディナーかにもよりますし」
「ええと、土曜日かな。正直に言えば涼宮と透だ。あと、昼飯だけだから」
「また、あのお二人ですか。ですが、お昼だけならいいですよ。渚もその間にお買い物でも行ってこようかと思いますし」
「い、いいのか?よかった。じゃあそうするよ」
「その代わり、盛り上がったからと言って長居しませんように」
「わ、わかってるって」
渚から、涼宮達とご飯に行く許可が下りた。
機嫌がいい時を見計らって交渉すれば、もちろんあれこれ条件はつくものの渚もある程度譲歩してくれるみたいだ。
「ふあー。なんか今日は眠たいな。お腹いっぱい食べたせいかな」
「ええ。たくさん食べられましたものね。今日は早くおやすみになりましょう」
「うん。それに最近疲れが取れないんだ。早く寝ないと」
「私もです。では、片付けたら消灯いたしますのでその間にシャワーでも浴びてきてください」
「うん、わかった」
普通、風呂に入ったりシャワーを浴びれば少しくらいは眠気もなくなるものだけど、今日は風呂場で眠ってしまいそうなくらい眠かった。
だからさっさと風呂を出て布団に直行。
そのまま寝転んだと同時にぼんやりと、意識が薄れていく。
(おやすみなさいお兄様、今晩も、よろしくお願いいたします)
渚が微笑みながら、何かを呟いていたようだったが聞き取れはしなかった。
可愛い義妹の笑顔をみながらふんわりと眠りにつくのもそう悪くないなあと、美味しい食事で腹を満たし、週末の予定まで埋まった俺は心安らかに眠りについた。
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