手段その23 三助
「お兄様、お風呂の支度ができました」
「ありがとう。じゃあお先」
渚の機嫌を取るためにクレープやらアイスやらを食べたせいでお腹がいっぱいだ。
でも、彼女の夕食を残したりしたらそれこそ何をされるかわかったものじゃない。
だから風呂に入って汗かいて、ちょっとすっきりしてから渚との晩餐に臨もうと、すぐに風呂場へ向かう。
ちょうどいい湯加減に調整された湯舟が気持ちいい。
渚は本当に細かなところまで気が利くし、きっといい奥さんになれるに違いないが、そのためにはやはり病的なまでの嫉妬癖を治さないとどうにもならない。
でも、仮にそれがなかったとして、献身的で可愛くて俺一筋な彼女を俺は否定する理由なんてあるのだろうか。
親父のことを散々言い訳にしてきたけど、それだって今だけのことかもしれない。
俺と渚が大人になれば、必要以上に干渉してくるような親父でもないし、親父が原因で俺たちが結ばれないなんてことは実際考えにくい。
……いや、こんなことを考えるなんてどうかしてる。
まるで俺が渚と付き合いたくて仕方ない感じではないか。
多分この感情は、渚と付き合って早く楽になりたいという俺の弱い心がそう思い込ませようとしているだけだ。
だからやっぱり渚とは……
「お兄様、お湯加減はいかがですか?」
「あ、ああちょうどいいよ。ありがとう」
「お兄様、少し椅子におかけになって、目を瞑っていただけませんか?」
「なんだ急に」
「襲おうとなんて思っておりません。どうか渚を信用してください」
そう言われてなお「無理だ」なんて否定することはできず、俺は言われるがまま一旦湯舟から出てシャワーの前に腰かけて、そっと目を閉じた。
すると、がちゃっと扉が開く音が。
「お、おい」
「目を瞑っていてください。それとも、渚の生まれたままの姿をしかとその目に焼き付けていただけますか?」
「!?」
俺は目を閉じたまま、風呂場に入ってくる渚の足音を聞きながら変な妄想を広げる。
今、彼女は裸なのか?
「お兄様、お背中をお流しいたします」
「い、いいよ。それより」
「渚のお姿が気になりますか?お兄様が私と添い遂げる御決意をいただけたならその目を開けていただいて結構なのですよ」
ということはつまり、見れば責任をとらないといけないような恰好だということだろう。
俺はごくりと唾を飲む。
今ふいに目を開ければ、渚のあられもない姿が……いや、しかしそれを見てしまえば俺は死ぬまで渚に……
「あ、あのさ渚」
「お兄様のお背中、大きい。とてもたくましいです。ああ、惚れ惚れします」
「!?」
渚がぴたっと俺の背中にもたれてきたその時、とてつもない感触が俺の背中銃を張り巡った。
やわらかな、そして弾力のあるもちっとした何か。
そしてその先にある小さな突起。
それが何か、多分男なら誰だってわかるはずだ。
生々しい感触に俺の頭は焼ききれそうになる。
そして俺の下半身はもうはち切れんばかりに膨張する。
「あ、あ……」
「お兄様。私はお兄様のためなら身も心も捧げるお覚悟です。ですが今はまだお義父さまのことや、世間体を気になされて苦慮されているのもご存じです。ですが、そんなものすら気にならなくなるくらい、お兄様が渚に夢中になるように私は尽力いたします。ですので、夜這う時は是非、お兄様の方から渚をもみくちゃにしてくださいね」
フッと柔らかい感触が背中から逃げていく時に、耳元で「渚、ちょっと濡れちゃいました」とささやかれたところで俺の理性は完全に限界を迎えた。
「渚!……あ、あれ?」
もう襲い掛かる勢いで目を開けて振り返った時には、渚の姿はそこにはなかった。
俺は下半身を熱くさせたまま、多分はたから見ればなんとも情けない姿で立ち尽くし、しばらくその場を動けなかった。
ようやく興奮が冷めてきて、理性を取り戻し猿から人へ戻ることに成功した俺は、また湯舟に浸かってしばらく考える。
一体どういうつもりだ渚の奴。
俺をからかってその気にさせて、襲われでもしたらどうするつもりだったんだ。
そんな常識的なことを考えて、すぐに彼女が常識的でないことに気づく。
そうだ。襲われてしまえば彼女からすれば本望。目標達成なのだ。
それに、俺がその気になればなるほど彼女にとってはいいことで、こうして俺が悩んで悶々としていることさえも、彼女からすれば嬉しい要素の一つなのだろう。
ただ、そうとわかっていてもなお、あの時彼女がいなくてホッとした自分以外に、がっかりした自分が確かに存在しているのを自覚すると、もう術中にはまっていっているのだということをしっかりと思い知らされる。
「お兄様、随分と長いですが大丈夫ですか?」
「あ、ああ。もう出るよ」
とにかく今は冷静に。
渚の色仕掛けにもう死にかけの俺だけど、多分渚の言動からして、向こうから俺に襲い掛かってくるなんてことはないはず。
俺さえ気を確かに持てば大丈夫だ。
「渚、あがったよ」
「お兄様。先ほどは失礼しました。お兄様を試すような無礼なふるまいをどうかお許しください」
「い、いやいいよ別に」
渚は正座をして、前に手をついて深々と頭を下げてくる。
ただ、なぜかいつもより緩い寝巻を身に着けて、胸元がひどく強調されているように見えるのは俺が意識しすぎているだけではないだろう。
「ど、どうしたんだよその恰好」
「暑くなってきたので。何か?」
「い、いや」
これも多分確信犯なのだろう。
しかし渚は何事もなかったかのように立ち上がり、「体を清めてきます」と言って風呂場へ向かっていった。
ゴゾゴゾと服を脱ぐ音から、シャワーの音まで狭いワンルームでは筒抜けだ。
そんな音のいちいちが俺の欲という欲をかきたててくる。
……意識するな。渚の思うつぼだ。変なことを考えるな。
そんなことを考えれば考えるほどに妄想は膨らみ、俺の下半身もまた自然とふくらみを見せる。
渚が風呂から出てくる前にそれを鎮めようと、他の事をして気を紛らわすがなかなか邪念は消えない。
やがて、何も興奮がおさまらないまま渚が風呂からあがってくる。
「お兄様。お兄様がおはいりになった後のお湯はとても気持ちがよいものでした」
「そ、そうか。うん、じゃあ寝よう」
「ええ。私は少し宿題が残っていますので先におやすみになられてください」
「あ、ああ。じゃあ先に寝るよ。おやすみ」
「おやすみなさいお兄様。ごゆっくりと」
部屋の明かりが常夜灯にかわる。
渚は机に置いてあるスタンドの光をつけて、カバンからごぞごぞとノートを出して宿題を始めだした。
だから俺は寝ることに。
先に眠るのも怖いが、先に渚が眠ってしまうのも今日は怖い。
俺は彼女を襲わないという確証が、全く持てなくなっていたから。
だから責任を放棄するために眠る。
襲われたのだとしたら、それは俺のせいじゃない。
むしろ俺は被害者だ。獲物だ。家畜だ。贄だ。
そんな言い訳を心の中で並べながら、そっと目を閉じた。
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