手段その21 接吻
「お兄様、今日は久しぶりのお休みです。どこかへ行きませんか?」
勇気を出した話し合いと、死に瀕した恐怖を乗り越えてようやく、渚と俺の距離感は固まりつつある。
まず、欲情に流されての体の関係は持たない。
でも、二人でいる時はそれなりに甘えてくるのは許容する。
それに友人とも、会話をすることくらいはお咎めがなくなったので涼宮が学校で突然襲われそうになる心配もない。
でも、透については渚が毛嫌いしているので家に遊びに来るなんて話はまだない。
あいつはそういうところが鈍感なので、早く俺たちの新居に案内しろとしつこいが、その話を渚にすると「お兄様と二人だけの新鮮な空気が汚染されますのでお控え願います」なんて一蹴される。
ただ、友人と学校で会うだけというのも味気のない話なのでその辺りは今度渚の機嫌がいい時に交渉するとして。
今日は土曜日なのだが親父が珍しく俺と渚に休みをくれた。
たまには二人でどこかに行ってきなさいと、いらぬ気遣いを見せるのもまた親父らしい。
「まあ、どこかで飯食って帰るくらいでいいんじゃないか」
「それは、渚のお料理に不満があるからというわけではございませんよね?」
「ち、違うって。たまには渚も誰かが作った飯を食べるのもいいだろって」
「そうですね。では、いつものところにいたしましょう」
いつものところ。つまりは近所のファミレス。
平日の夜、人の少ない時間帯にたまーに行くのだけど、夕方と土日は基本的に店の手伝いがあるので行くことはほぼない。
というより行きたくない。
同じ学校の奴らが日中からうようよと群がっているので、渚と一緒にいるところもあーんされるところも口を拭かれるところも頭を撫でてと迫られるところも学校の連中には見られたくないのだ。
しかし。
「お兄様、休日のファミレスには同窓の方々がたくさんいると訊きました。お兄様との関係を皆に知らしめるいい機会ですね」
渚はむしろそれをお望みの様子。
だから拒否権はない。
彼女とうまく付き合う方法は、基本的に否定からではなく肯定から入ってやること。
そのうえで少し軌道修正しながらこっちの都合のいい方向に促していくのが今考えられる最適解だと、俺は学んだ。
だからまずファミレスに行くことは賛同する。
そのうえで
「でも、朝ご飯食べるの遅かったから、ちょっと昼過ぎてからにしようか。人が多いと座れないかもだし」
などと理由をつけて、なるべく人の少ない時間帯を狙う。
「そうですね。では、まずはお買い物に出かけましょう」
「何か買いたいものでもあるのか?」
「可能ならお兄様の人生を」
「い、いやそれは買えないよ……」
「では、お兄様の遺伝子だけでも」
「お、俺のは冷凍保存されてないからさ」
「ご冗談です。それについては渚自身の体でお兄様から存分に搾取するおつもりですので」
「あは、あはは……」
えっちなことはしない。
そう決めていてもしたいかしたくないかは別問題。
こんな調子の渚がいつ爆発するかは俺にも誰にもわからない。
だからこそ、機嫌を損ねないように毎日必死なのだ。
「じゃあ服を見に行こう。渚、いつもワンピースばっかだろ」
「そうですね。お兄様の靴も探しに行きましょう。かなり古そうですし」
結局買い物に出かけることになり、二人で向かったのは郊外にあるショッピングモール。
だいたいここで、映画を見たり飯を食べたりゲーセンで遊んだりするのが田舎の学生がやること。
俺は以前からよく透や涼宮とここのゲーセンで遊んでいたが、渚はどうやら来るのが初めての様子。
「ここ、すごく広くて色んなお店がございますね」
「まあ、逆に言えばめぼしいところがここしかないんだけど」
「楽しそう。まるでお兄様とデートしてるみたい」
「そ、そうだな」
まあ、他人からみれば休日にふたりでフラフラと買い物をしていたらカップルにしか見えないだろうし、これは実際デートと呼べるものなのだろう。
もっとも俺は彼女なんていたこともないし、いい感じだった子のことをいつまでも引きずっている情けない男だ。
そんな俺が渚のような美女と買い物ができるということは、素直に喜ぶべきなのかもしれない。
「お兄様、ゲームセンターに行ってみたいのですが構いませんか?」
「ああ。俺も前はよく行ってたから案内するよ」
「誰と、ですか?」
「い、いや透とか」
「涼宮さんも、ですね?」
「ふ、二人できたことはないよ。渚が初めてだ」
「初めて……渚がお兄様の初めてなのですね」
「そ、そうだよ」
「ふふっ。それでしたら早速行きましょう」
独占欲の塊というか、嫉妬の鬼というか。
渚はとにかく俺が他の女子と何かすることを嫌う。
もちろん好きな相手が異性と何かすることに寛容すぎるのもどうかと思うし、渚の嫉妬も怒ったり拗ねたりする程度なら可愛いものだが。
「お兄様、あのお人形がとてもかわいいです」
「抱き枕か。よし、俺がとってやるよ」
シロクマの抱き枕をとってやろうと思ったのは、渚の為。
などではなく俺と渚が一緒に寝る時の緩衝材というか、間にぬいぐるみをかませれば距離をとれるなんて考えたから。
しかし大きなぬいぐるみは案外とれないもの。
あっという間に千円がなくなってしまった。
「あらら、全然とれないや」
「お兄様、無理をなさらず。私はお兄様が頑張ってくれているだけで嬉しいので」
「そ、そうか。ならもう一回だけやってダメなら他のことしよう」
大体諦めて投げやりになった時に思いがけずいい結果が訪れるもの。
びっくりするくらい絶妙なところにひっかかって、大きなぬいぐるみが見事穴に落とされた瞬間、渚は柄にもなく飛び跳ねた。
「まあ。すごいですお兄様。かっこいい」
「た、たまたまだけど。はい、渚にあげるよ」
「うれしい……お兄様にこうして何かをいただくのは二度目ですね」
「? なにかあげたことあったかな」
「ええ。お兄様からはいつも愛情をいただいておりますので」
「あ、ああ」
渚に愛情を注いだ覚えなんてこれっぽっちもないんだけどな。
ただ、俺があげたぬいぐるみを大事そうに抱きしめて「一生大切にします」と目をとろんとさせる渚を見ていると、こっちも少し照れくさくなる。
こんな俺がプレゼントした、しかもゲーセンの景品程度でそんなに喜んでもらえると、誰だって嬉しくはなる。
……やっぱり渚は可愛い。悪い子ではないし俺に懐いてるし、ずっとこんな感じで兄妹として仲良くできるのなら、それが一番望ましいのだけどな。
「お兄様のために渚もなにかプレゼントします」
「い、いいよそんなの。一応俺が兄貴なんだから」
「いいえ。今はそうだとしてもいずれ夫婦になれば年齢など関係ありません。それにお兄様の為に何かプレゼントしたいのです」
いずれ夫婦になるかどうかは置いといて、渚から俺にお返しをという流れは自然だし断るのも失礼か。
「うん、それじゃありがたくいただこうかな」
「ええ、それではこちらにきてください」
何かあるのかと、ゲーセンのフロアの隅の方に歩いていく渚について行くと、くるっと彼女が振り返る。
「な、なんだよ」
「お兄様、愛しています」
「!?」
「ん、んん……」
「……ぷはっ!」
思いっきりキスされた。
しかもフレンチなやつではなくがっつりディープなやつを。
「な、なにしてるんだよ!」
「お礼のつもりです。お兄様、渚の唇はいかがでしたか?」
「わ、わからないよそんなの」
俺はとっさに渚を引き離したが、口に確かに残るねっとりしか感触が頭から離れず、心臓の鼓動がおさまらない。
「お兄様、喜んでいただけましたか?」
「な、なにがだよ。こんなところで」
「でも、お身体の方は正直ですね。しっかり喜んでおられます」
「え? あ、いやこれは」
下半身は無意識にしっかり反応していて、公共の場だというのに俺は自分のナニを大きくしてしまっていた。
「ふふっ。お兄様も男の子ですね。もっとしてさしあげても」
「いい、いいって!いいから離れろ」
「あら、照れるお兄様も可愛い」
唐突に奪われた俺のファーストキスは、義理の妹との濃厚なものだった。
周りに人がいなかったのは偶然か、ラッキーか、それとも渚の配慮か。
渚は俺から離れると「お手洗いに行ってきます」といってトイレの方へ行ってしまった。
俺はその場にしゃがみ込んで、大きくなったモノが鎮まるのを待つ。
ただ、さっきのキスを思い出してまたムクムクと、体が勝手に反応してしまうので、しばらく前かがみのままフロアを歩き、クレーンゲームの椅子に腰かけて大きく息を吐いた。
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