手段その20 不安感

「なあ、今日おまえん家行っていいか?」


 透がそう言ってきたことで俺は、隠そうと思っていた渚との二人暮らしについて早速説明せざるを得なくなった。


 まあ、実家に行って親父にでも聞かれたら一発でバレるし隠せるとも思ってはいなかったが。


「おまえ、それってもう完全な同棲じゃん!同じ部屋で寝てるんだろ?」

「ま、まあそうだけど。でも何もないぞ」

「お前、本当に男か?何もないって逆に心配になるぞ」


 言われなくてもその自覚はある。

 あんな美少女と同棲して、あーだこーだ言い訳をつけて何もしてないのは俺が理性の化身とでも呼ばれてふさわしいほどにカタブツだと、それくらいの自覚はある。


 ただ、そのカタブツさは親父譲りともいえるし、その親父のことも今となっては主な理由ではないかもしれないが無関係ともいえない。


 親父が渚と俺が一緒に暮らすことを認めているのも、なんもないと俺を信用してのことだ。

 何かあったら即解消、そして親父は責任をとって離婚して、でも渚は身体を重ねた俺に今以上に執拗になってと、むちゃくちゃな状況になる可能性を大いにはらんでいる。


「でも、そうなったらお前いよいよ彼女できないよな」

「うっさい。元々無理だよ」

「見た目はいい方なんだしいけると思うけどなあ。そういや、この前の入江女子の子、どうだったんだよ」

「いや、あれは……何もなかった。お前は?」

「いい子だけどガード固すぎ。チューしかしてくれなかったって」


 キスをまるで挨拶のように言うなと、したこともない俺はそう言いたい。

 だいたいあってすぐでどんな奴かも知らないのによく簡単にできるなと、半ば呆れていたところで教室に渚がやってくる。


「お兄様、ごきげんよう」


 何か用事があるわけではもちろんなくとも彼女はやってくる。

 いつもは「どうした?」と訊くと「お顔が見たくて」とだけ言ってニコニコと俺のことを見つめてから、目の保養をすませて帰っていく。


 しかし今日に限っては用事があるようだ。


「お兄様、私の相談に乗っていただけませんか?」

「ど、どうした?誰かと喧嘩でもしたのか」

「いいえ。クラスの男子の方に告白されたのですが」

「い、いいことじゃないか。でも、断ったのか?」

「はい。ですがしつこくて……」


 なるほど渚も女の子というわけだ。

 クラスの男子にしつこくされて困るなんて実にかわいらしい。


 まあ、ここは一応兄として助けてやるか。


「わかった。その男を追い払えばいいんだな」

「いいえ、しつこいのでスタンガンで気絶させたのですがピクリとも動かなくなったので処理に困っておりまして」

「どどど、どこにいるんだそいつ!?」

「校舎の裏手で転がっておりますが?」


 俺は慌てて教室を飛び出して校舎裏まで全力で走った。

 渚が人殺しになるのはまずい。というより普通に学校でスタンガンとかまずいどころではない。


 行くと誰もいない校舎裏に、確かに一人男子生徒が横たわっている。

 大慌てで駆け寄って声をかけると、すぐに目を覚ます。


「う、うう……」

「おい、無事か?」

「あ、あれ……渚ちゃんは?」

「い、いいから保健室行け。いいな」


 どこの誰かも知らないけど、そいつが生きていた事実を確認できたところで力が抜けた。


 一体どういうつもりだよと、渚に少し怒りを覚えかけていたところでチャイムが鳴り、慌てて教室に。


 既に渚の姿はなく、息を切らして戻ってきた俺を透が不思議そうに見ていたので、大丈夫と合図を送ってみたものの何が大丈夫なものか。


 もしあの生徒が死んでいたら、渚はどうするつもりだったんだ?

 まさかどこかに運んで埋めて……いや、変なことは考えるな。


 あいつだって相当しつこく言い寄られたに違いない。 

 だからとっさに……いやいやとっさも何もまずスタンガンなんてもってないよ普通。


 あー、どうしたらいいんだ。

 渚の奴、最近暴力性がエスカレートしてないか?


「おい葉山、何をブツブツ言ってる」

「す、すみません」


 先生に怒られもしたが、それでも授業どころではなかった。


 渚を止めなければ。


 早く休み時間になって会いにこいと、そう思っていた時に限って彼女は来ない。

 どういうつもりだと、イライラして連絡を取ってみるも繋がらない。


 結局もやもやしたまま昼休みになり、それでも姿を見せない渚を心配していると校内放送が。


「二年三組、葉山君。至急職員室に」


 この学年で葉山は俺だけだ。

 しかしこうして校内放送で呼ばれるなんて高校はおろか人生で初めて。

 何かあったのか?


 ……もしかして渚の件?


 慌てて職員室に向かい、中に入ると一年の担任をやっている田村先生が俺のところにやってくる。


「な、なにかありました?」

「ああ。君の妹の渚さんについてだが」

 

 やっぱり渚のことだ。

 田村先生は中年男性で、少し小太りな温厚そうな人。

 その人が難しそうな顔をしているのが、何かあった証拠だろう。


「渚が、何かしました?」

「……彼女には、もう少し長めのスカートをはいてくるようにいっておいてくれ」

「は?」

「一年生の男子が彼女目当てで大騒ぎなのを鎮めるのが一苦労なんだ。せめて目立たないようにしてもらえると助かるのだが教員の立場からそういう話は、最近セクハラとかが厳しくてできんのだ」

「はあ」


 なんだそりゃ。

 全くの肩透かしだった。


 ものはついでで、先生に「渚は素行に問題ありませんか?」と伺ってみると「あんなに優秀で真面目な子はいない。いい妹さんだな」と絶賛された。


 こんな話を校内放送で呼びつけてまで俺にすることかと言いたかったが、疲れている先生の顔をみると、対応にそれなりに苦心しているのが見て取れるのでそこは何もいわなかった。


 結局渚は表面上ではうまく振る舞っているようだ。

 でも、その本性を俺は知っている。

 彼女は何か狂っている。


 でも、一緒に暮らす家族として更生とまでいえば大袈裟だが改めてほしいとは思っている。

 だから渚に会って注意をしたいのに、今日に限って朝以降、学校では一度も渚と遭遇しないし会いにもこない。


 先に帰ったのかなと、連絡もない彼女のことばかり考えていると放課後になり、何事もなかったかのように渚が教室にやってくる。


「渚、おまえどこ行ってたんだ」

「お兄様すみません。毎時間会いに来るとお約束していたのに……少々忙しくて」

「い、いやいいんだけど。それより、朝の件だが」

「反省しています。でも、本当にあの男がしつこくてつい」


 今にも泣き出しそうになる渚を見て俺は慌てて教室の外に連れ出した。

 そんなとこをクラスの連中に見られたら明日から何されるかわかったもんじゃない。


「も、もうわかったから。反省してるんならいいんだ」

「はい。もしかしてお兄様、私の心配をしてくださっていたんですか?」

「ま、まあ。一応兄妹だし、姿も見えないからちょっとはだな」

「ふふっ。嬉しい。お兄様、大好き」

「お、おい」


 がっしりと俺の腕につかまる華奢な義妹を、わざわざ引き離す理由はなかった。

 ちょっと、いやだいぶ恥ずかしかったけど腕を組んで彼女と一緒に学校を出る。


「お兄様、今日は何が食べたいですか?」

「そうだな。ハンバーグでも」

「では、スーパーで買い物してから帰りましょう」

「ああ。それと渚、暴力的なことは控えろよ。何かあってからじゃ」

「私が捕まってしまったらお兄様は心配、ですか?」

「ま、まあ一応家族だから」

「嬉しい。私、我慢します」


 そもそも我慢しなければ抑えられない暴力性をはらんでいるのはどうかと思うが、まあ今はそんなことは言うまい。


 渚の機嫌がいい。それだけで俺は心が少し落ち着くのだから。





 お兄様、素敵。

 毎日会いに行く私が、突然会いに行かなくなると心配なさるかと、そう思っておりましたけどお兄様はやはり純粋なお方。思った通りに私のことを……


 ふふっ。もう少し、ですね。

 もう少しでお兄様の心は、渚で満たされます。

 

 いっぱい、いっぱい渚で、いえ、渚だけでお兄様の心を埋め尽くして差し上げます。

 

 お兄様、愛しています。

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