手段その19 同衾
「お兄様、そろそろ寝ましょうか」
しばらく俺に甘えて充電たっぷりな様子の渚は、歯を磨いた後すぐにそう言って布団を敷き始めた。
もちろん一つ。
「いやいや、一緒の布団ってのはちょっと」
「寝るだけですから。でも、せっかくなのでお隣で寝させてください」
なにがせっかくなのかは知らないが、ここで拒否すると「兄妹なのに?」といういつものくだりが始まる気がしたので、俺は渋々ながら要求を受けることに。
「ふふっ。お兄様と一緒のお布団で眠れるなんて夢のようです」
勝手に一緒に寝てたくせに。
そんな冗談を言えるほど、まだ俺たちの関係は落ち着いていない。
だから黙って電気を消した。
「おやすみ渚」
「おやすみなさいお兄様。あの、手を握ってもよいですか?」
「あ、暑いだろ」
「いいえ、お兄様の体温に溶かされたいのです」
「……わかったよ」
布団の中で手を伸ばす。
するとスルスルと彼女の細い指が俺のゴツゴツした指の隙間に入りこんできて、背中に電気が走る。
「お、おいそれは」
「お手を繋いでいるだけです。いけませんか?」
「……寝よう」
恋人繋ぎをしたまま、静かに目を瞑る。
……
ドキドキして全く寝れそうにない。
無理だ。女の子と手を繋いで寝るなんて、恋人すらいたことのない童貞の俺には刺激的なんてもんじゃない。
頭が沸騰しそうだ。
心臓を口から吐き出しそうなほどドキドキしながら、横目で渚の方をみるとすーすーと寝息をたてながら眠っていた。
初めて見た時はいきなりであまり覚えていないけど、改めて見るとなんと可愛い寝顔なんだろう。
風呂場や玄関での狂気じみた彼女ではなく、まるで天使が止まり木で羽を休めているとでも表現した方がしっくりくるくらいの、この世のものではない可愛さに俺は思わず彼女の顔をじっと見つめていた。
俺が望めばこの子となんでも……
そんな雑念が頭をよぎったが、グッと堪える。
一時の快楽に身を亡ぼすことになるのは御免だ。
可愛くても彼女は狂暴なメンヘラ女で、俺の義妹。
だから決して男女の仲を成立させてはいけない。
そのことだけを肝に銘じるようにして、俺も目を瞑る。
渚の手のぬくもりを感じながら、やがて眠りについた。
♥
お兄様、寝たのですね。
ふふっ。寝顔も素敵。その寝顔を独り占めできるなんて私……いけない、少し興奮してきてしまいました。
ああ、早くお兄様に抱いてほしい。
でも、お兄様はこういうことは順序を経てとおっしゃられておりましたし、その御意思を尊重すると決めたのですから、我慢しなくては。
……ただ、一人でお兄様のお顔を見つめながらするのも、それはそれで少し興奮しますわ。
あ……お兄様、お兄様……
お兄様、絶対に渚から離れられないお身体にして差し上げます。
ああ、お兄様……
◇
「おはようございますお兄様」
「お、おはよう渚」
目が覚めた時、俺の手はがっしりと渚に握られたままだった。
その手に引っ張られるように体を起こすと、渚は横で「昨日はよく眠れました?」と訊いてくる。
「ああ。ちょっと緊張したけど」
「私もです。でも、とても幸せな時間でした」
「そ、それはどうも」
「もうご朝食の準備もできておりますので。早くお食べになられてから学校までゆっくりいたしましょう」
時計を見ると、まだ朝の六時。
昨日寝る時には日付を跨いでいたというのに、朝ご飯まで作るとなると一体何時に起きたのだろう。
ふとテーブルを見ると湯気がたつ味噌汁に目玉焼き、それにサラダとご飯が丁寧に盛られていた。
「うまそうだな。いただきます」
「いっぱい食べてくださいね。あと、お弁当のおかずはお兄様のお好きな唐揚げと卵焼きにしてありますから」
確かに俺は弁当のおかずで好きなものが唐揚げと卵焼きだ。
しかしそんな話、透や涼宮にはしたことがあったかもだけど渚にした覚えはない。
ビーフシチューもそうだが、一体どこでそんな情報を仕入れたというのだ?
「ふふっ。お兄様の好みを私が知っていて不思議、という顔をしていますわ」
「ど、どうしてわかるんだ?俺は食べ物の話なんてお前には」
「どうしてでしょうね。私、お兄様のことならなんでも知っていたいし知ってるつもり、とだけお答えしておきます」
その時の渚の笑みは、ニッコリというよりニヤリ。
不敵に笑う彼女はそれでも核心に迫ることは答えない。
俺も、今の空気を壊すのは得策ではないと判断してご飯と一緒に言葉を吞みこんだ。
ただ、昨日の話し合いの成果か、渚が過剰に俺へ迫ってくるようなことはなかった。
隣に来たり手を握ってくるのも、こっちは勝手に緊張するけど誰も見ていないところでなら可愛い妹が甘えてくるだけのことと、徐々にそう思って処理できるようにはなってきた。
でも、所詮は徐々に、である。
大半の感情としては、このまま渚を押し倒してしまいたいとか、柔らかそうなあの身体を好き放題に触ってみたいとかそんな邪なものばかり。
それをグッと堪えるのも辛い話だ。
多分、渚が来てからろくに一人でもできていないせいか、溜まっているのだろう。
今日は渚の目を盗んでしよう。
そんなことを考えながら着替えていると、渚が服を脱ぎだした。
「な、なにしてるんだ!?」
「え?制服にお着替えしようと」
「い、一緒の部屋で着替えるのはまずい。俺が廊下に行くよ」
「お兄様なら見られても構いませんのに」
「俺がダメなんだよ」
少しはだけた彼女の姿を見ただけで死ぬほど興奮する。
それは思春期の男子高校生なら仕方ないことだが、自分で一度決めた以上、やっぱり渚とは間違えない。
廊下で着替えながらそう決意して、渚に玄関のカギを開けてもらってようやく、俺は外に出ることができた。
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