手段その14 束の間の解放感

 俺に妹ができてから早くも十日が過ぎた。

 月曜日の早朝に実に幸せそうな顔で戻ってきた親父は「お店ご苦労様」といって俺と渚にバイト代とは別にお小遣いをくれた。


 このお金で二人で美味しいものでも食べなさい、ということだったけどそれはもうやった。

 しかし渚は「お兄様、今日もファミレスに行きましょう」と目を輝かせている。


 正直あのファミレスは平日だと学校の連中も多いし、あんな姿を学内の奴らに晒すなど死に等しい罰だ。


 だから今日は他の店にしようと提案したが、「やっぱりあの店員の女ですか?」なんて言いがかりをつけられてあえなく却下。


 まだ朝だというのに放課後が既に憂鬱である。


「おーいハルト、今日空いてないか?」

「え、なんかあるのか?」

「いやあ、そこの女子高の子らとカラオケ行くんだけどどうかなって」

「ま、まじで?」


 すぐ近くにある『私立入江女子高校しりついりえじょしこうこう』は美女揃いで有名な女子高。

 しかし校内は男子禁制で、そこの女子と人脈を持っている男子は学校中のヒーローになれるとか、そんな大げさな話が飛び交うほど俺たち高校生男子には彼女たちとの交流は貴重なのだ。


 しかし。


「いや、ダメだ。今日は渚が」

「えー、またかよ。でも、そんなんじゃ彼女できないぜ」

「わかってるよ。俺だって」


 俺だって彼女ほしい。そう言いかけた時にふと思いつく。

 渚が俺との交際を期待しているのだって、そもそも俺に相手がいないからだ。


 俺に他に好きな子がいて、更にその子と付き合っているとなれば彼女だって諦めるかもしれない。


 もちろんそうなる前にあいつの妨害が多々入る可能性はあるが、邪魔される前に彼女を作ってしまえば……


「な、なんとかしていくよ」

「お、そうでなくっちゃな。じゃあ放課後、よろしくな」

「ああ、頼む」


 正直な話、渚云々を除いても入江女子の生徒と遊ぶことには期待しかない。

 まあ、渚ほどの容姿の子がいるかは微妙だけど、レベルは高いと訊くしいい子はたくさん来るだろうと予想される。


 よし。今日は頑張っていい子を……っとそのまえに渚になんて説明しようか。



「お兄様、授業おつかれさまです」

 

 昼休みの事だった。

 いつものように渚が教室にやってきたので、俺は放課後に用事ができたと彼女に相談する。


「ちょっと今日は透と約束がな」

「え、お食事はどうなさいますの?」

「ええと、それは終わってからか後日にでも」

「……その席に女性は来られるのですか?」


 もちろん来る。むしろそのためのカラオケである。

 しかし言えない。言えば絶対に許可してくれないから。


「いや、透と二人だ」

「そうですか。では、先に家に戻っておきますね。ご夕食の時間までには戻ってきてください」

「う、うん」


 やはりだ。女子がいないとなれば渚の警戒も随分薄くなる。

 もちろんこれは嘘なのだが、透が俺のためにと店の場所を隣町の方に設定してくれたこともあり、絶対に見つからない自信もあった。


 だからこれは渚に心配をかけないための嘘でもある。

 そんな都合のいい言い訳を並べながら、自分の心を鎮めていた。



「お兄様、先に戻っておきます。お気をつけて」

「ああ。渚も気をつけてな」


 先に渚が帰路につくのを見守ってから、俺は透と二人で隣町を目指す。


「いやあ渚ちゃん、やっぱりかわいいよな。本当に一緒に住んでてなんもないのか?」

「あるないの話以前の問題だ。家族だからな」

「お前ってえらいのかアホなのかわかんねえな」

「真面目だと褒めてくれ」


 そうだ。俺だって全く渚に興味がないわけではない。

 あれだけ好き好きと毎日言われていたらちょっとくらい、いやかなりな具合でなびいてしまいそうになるのは普通だ。


 それでも親父の幸せという最終防衛ラインを駆使して、自らの理性を保っている俺は息子の鑑といえるだろう。


「でも、楽しみだな。どうやって女子高のやつらと知り合ったんだ?」

「昨日ナンパしてさ。意気投合したんだよ」

「透、お前ってすごいな」

「まあねー」


 期待は高まるばかり。

 こんなに緊張するのは渚が家に来る時以来か。ドキドキと胸を高鳴らせて駅前へ。

 すると入江女子の制服を着た美人が二人、こっちに向かってくる。


「あ、透くん。遅かったね」

「ごめん待たせて。あれ、もう一人は?」

「いやー、ドタキャンでさ。こっちは二人。そっちは?」

「こっちも二人だよ。ちょうどいいじゃん。こいつハルト、俺の親友だ」

「こんちわハルトくん。私あかね。こっちはまなみね」

「よろー」

「よ、よろしく……」


 あかねさんとまなみさん。二人は対照的な見た目で、あかねさんはギャル、まなみさんは清楚な見た目だけど二人ともノリのいい感じ。

 

 それに可愛い。二人ともうちの学校ならすぐにトップクラスになれる可愛さだ。


「じゃあいこっか。今日は歌うぞー」

「よーし。ハルト、行こうぜ」

「お、おう」


 久しぶりに渚から解放されて、羽を伸ばすことができそうなこの状況に俺はひどく落ち着かない。

 ふと携帯を見たが渚からの連絡もない。本当に今日は楽しい一日になりそうだ。



「お義父さま、ちょっとお話よろしいですか?」

「うん?どうしたんだい渚ちゃん。ハルトと何かあったのか?」

「いえ。お兄様には大変よくしていただいております」

「そうか。あいつは真面目に育ってくれたからな。その辺は親バカかもしれんが信用してるよ」

「ええ、本当に。あと、少しご相談が」

「相談?なんだい言ってみなさい」

「ええ。実は母が……」


 

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