手段その13 ファミリーレストラン
日曜のカフェは終日満席だった。
さすがの渚も俺にかまう余裕まではなく、二人で必死に店を回して気が付けば夕方になろうとしていた。
「あー、なんか前より人増えてないか?どんだけ忙しいんだよ」
「お兄様とお義父さまの努力の賜物です。素晴らしいお店です」
「いや、昨日今日に限っては渚のおかげだよ。ほんとすごいよ」
「まあ。お褒めの言葉を頂戴するなんて、渚は幸せ者です」
長時間一緒に仕事をこなしたせいか、それとも家族としての自覚が芽生えてきたのか、渚との関係も若干進展している気がする。
最もこれが恋愛方面に進んでしまうと大問題なのだけど、仲違いするよりは仲のいい兄妹でいられることを望むわけだし、なんともその塩梅が難しいところだ。
「お兄様、片付けが終わりましたら今日はレストランに行きませんか?」
「ああ、今から夕食作るのも面倒だし外食はありかな」
「私、以前より行ってみたかったお店があるんです。お義父さまからも今日のお給料分は使っていいと言われてますし、よかったらそこへ」
「うん、任せるよ」
渚は本当に可愛い。
御世辞だとか妹だからとかそうじゃなくて、単純に一人の女性として漫画の世界から飛び出してきたかというくらいに何もかもが整っている。
目は大きく切れ長で鼻筋も綺麗に通っている。
瑞々しくも、控えめな唇は何か魔性のものを感じるし、均整のとれたスタイルは主張しすぎずも女性らしさを存分に持っており、ちょうど男が一番好きそうと表現するのが最適な可愛らしくも細身なスタイル。
見ているだけで癒されそうなのは俺だけでなく、店に足を運ぶお客さんのほとんどが彼女を一目見ようとレジでもたもたするせいで、会計行列ができるなど大きな反響を店にももたらしていた。
そんな彼女と理由はどうあれ同棲している俺は多分世の中の男という男から羨まれる存在になったともいえる。
ただ、それはこちらの事情を知らないからだ。
俺たちは義理の兄妹。
エロ漫画の世界のようにはうまくはいかないし、超えてはならない一線というものがある。
だから彼女が魅力的であればあるほど俺は辛い。
好き嫌い以前にそもそも恋愛対象に入れてはならない人間が身近でいい子で可愛かったら、それこそどこかで過ちを犯してしまいそうにもなる。
しかもこっちが理性的に対応していても相手が迫ってくるのだから困ったものだ。
さて、どうにかならないものか。
「お兄様、洗い物が終わりました。お着替えして出かけましょう」
一旦家に帰り、準備をしてからすぐに出かけることに。
彼女が選んだお店とは、少し歩いたところにある高そうなレストラン……ではなくその先にあるファミレスだった。
「え、ここ?あっちじゃなくて?」
「ええ。私、一度ファミレスというものに来てみたかったんです」
「ま、まあ好き好きだけどさ。でも、今日くらいもっと贅沢しても」
「浪費家は成功しませんから。私、こう見えても家計簿もしっかりつけれるんです」
多分母子家庭ということもあり、外食なんてあまりしてこなかったのだろう。
そう思うとファミレスにいってみたいなんて嬉しそうに語る彼女の純粋さに少しだけ心がほっこりする。
渚は根っから悪い子ではない。
だからこそいい関係を築いていきたいとは思う。
店に入り、席に案内されると渚は向かいではなくやはり俺の隣に。
その光景に他の席の客からも見られているような気がしたが、まずは注文を選ぶことに。
「なあ、渚はファミレスにくるの本当に初めてなの?」
「ええ。うちは貧乏でしたから。でも、初めてがお兄様で私嬉しいです」
「う、うん。まあ安いし何でも好きなの頼もうよ」
「ファミレス……ファミリーで来るレストランですからね。私とお兄様はやはり家族。周りには仲睦まじい夫婦のように見えているに違いありませんね」
「そ、そうかな?あ、あはは」
いや、別に家族としか来たらダメって縛りはないし、それに俺と渚は兄妹という意味では家族なんだから、何もいちいち夫婦設定に拘らなくてもいいような……
「お兄様、このハンバーグと……パスタが食べたいです」
「じゃあそれで。俺はステーキでも頼もうかな」
並んでくっついてメニュー表を見ている光景は、周りからはバカップルくらいにしか見えていないのだろうけど、まあ家でもやってることは変わらないし幾分か慣れてはきた。
しかし今日の渚はいつもより積極的だ。
暑いくらいに肌を俺にくっつけてくる。
「も、もうちょっと離れろよ」
「いいえ。さっきの店員さん、お兄様のことを見ていました。あの女にお兄様が誰のものかわからせるためにも離れる気はありません」
「せ、接客の一環だよ。何もないって」
「お兄様はご自身の魅力に疎すぎます。お兄様はおモテになられるのですからこうして私が監視していないと不安です」
「だ、大丈夫だって」
やはり恋は盲目。というよりもはや見えないだけでなく何も聞こえていないしまともに思考も働いていないように思える。
俺が魅力的?まあ長い人生でいつかは俺のことをそんな風に思ってくれる人と出会って結婚する日が来るのかもしれないが、ここまで俺に依存する理由はやはりわからない。
ずっと彼女にくっつかれたままじっと料理が来るのを待つ。
その間に席を立って会計に向かう数組の客からクスクスと笑われたのを俺は知っている。
そんな辱めを受けながらもようやく注文の品がテーブルに。
運んでくれたお姉さんは「ごゆっくり」とにっこりしてくれたけど、隣の渚はまるで親の仇でも見るかのような目で睨みつけていた。
「お兄様、やっぱり私あの店員のこと」
「た、食べよう食べよう!うん、あったかいうちにさ」
「そう、ですね。わかりました、では」
一体渚は気に入らない女の人に対して何をするつもりなのだろう。
涼宮のことはコンパスで一突き?するつもりだったのだろうか。
それに、さっき渚はとっさに置かれたフォークを手に取ろうとしていたように見えた。
……もちろんそのままぶっ刺すようなことはしないと信じたいけど、しかし物騒な行動をする渚には今度改めて注意をする必要がありそうだ。
「いただきます。うん、やっぱりうまいな」
「ええ。とても美味しいです。お兄様、一口どうぞ」
「い、いいよ。ここ、外だし」
「いいえ。お兄様のお口にお料理をお運びするのも私の務めです。はい、あーん」
「は、恥ずかしいって」
「もしかしてさっきの女の目を気にして」
「あーん!うん、うまいうまい!」
「まあ。よかった」
俺は何度も彼女にあーんをされ、その度に近くの席に座る男性二人組から「あーあ、最近の高校生ってやってんなー」とか「まじで家に帰ってやれよ」とか散々言われているのが聞こえてきたが、その度に渚は、むしろ意地になったかのように俺の口に料理を運び続けた。
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