手段その12 スポーツ観戦

「もしもしハルト、父さんは優ちゃんと一緒に温泉に来てるから明日も二人で店番よろしく頼む」


 携帯の留守電に残っていたメッセージに気づいたのは夜になって部屋に戻ってから。

 

 すっかり変わってしまった、というより今まで相当我慢していたのだろう親父のエンジョイっぷりは微笑ましくもあるが少々憎い。

 遊ぶのも休むのもいいし、百歩譲って仕事を押し付けるのもまあ仕方ないとしてもだ。


 どうして渚と二人っきりになる状況ばかり作る?

 過ちを犯すなというのならせめて自分たちも家族として傍にいるべきではないか。


 半ば責任転嫁というか八つ当たり気味なことを思いながら俺は一人でため息をつく。


「お兄様、今よろしいですか?」

「ど、どうした?」

「リビングで、ご一緒にテレビでも見ないかとお誘いにあがったのですが」


 部屋の外から、照れたような声でそう話す渚の声に反応して俺は外に出る。


「ああ、見たいテレビでもあるのか?」

「いえ、お兄様となら何を見ても」

「そ、そうか。じゃあ降りるから先に行っててくれ」

「いいえ、一緒に行きましょう。待ちます」

「……わかった急ぐよ」


 一息つく暇も与えない渚は、さっさと俺を連れてリビングに。

 並んでソファに腰かけてテレビをつけるとちょうど野球中継がやっていた。


「お兄様、スポーツはお好きですか?」

「まあ、野球とかサッカーはよく見るよ。渚は好きなのか?」

「いえ、私はルールに疎くて。よかったら教えていただけませんか?」

「うん、いいよ」


 二人で会話していると、若干距離が近いことを除けば本当の妹のようにも思えてくる。

 懐っこくて俺を敬ってくれて、それでいて可愛い。


 はあ、いっそのこと渚が本当の妹だったらもっと楽しい日々だったろうに。


「あの、さっきのはストライクというものでは?」

「ああ、きわどいけど審判がボールって判定したらボールなんだ」

「そんな。理不尽な気がします」

「まあそれがルールだから。でも、渚ってやっぱり頭がいいな。すぐに色々覚えてるし」

「そんな……きっとお兄様の教え方が上手なのですよ」


 野球の解説をしながら一時間ほど、二人で静かな時間を過ごした。

 とても穏やかな時間だ。渚が大人しかったせいだろうか、とても平和だった。


 しかし、こうやって心を穏やかにしかけると、渚が本性を覗かせる。


「お兄様、そろそろ夜もふけってまいりましたね」

「そうだな。風呂入って寝ようか」

「今日は、もう一つお願いしてもいいですか?」

「な、なんだよ」

「お兄様と、一緒にお風呂に入りたいです」


 二の腕を密着させた状態で、可愛い女の子に澄んだ声でそんなことを言われると誰だって例外なく興奮すると思う。

 だから俺ももれなくドキッとした。


 しかし、流されてはいけないこともまた理解している。いるのだが……


「な、渚……それはさすがに」

「でもお兄様の主張通り兄妹だというのであれば何も問題はないのではないですか?」

「い、いや……それとこれとは」

「都合の良い時だけ兄妹で、悪くなると異性だからというのではあまりに卑怯です。私の事を妹として見ているというのであれば当然一緒にご入浴してもなんら差支えはありませんよね?」

「ぐっ……」


 渚はやっぱり頭がいい。

 俺が言ったことをいちいち覚えているし、それでいて誤魔化しがきかない。


 高校生にもなって一緒に風呂に入る兄妹がいるかどうかは別として、本当の兄妹なら渚の言う通り、裸を見ても問題はないわけで。


 でも、やっぱり俺と渚は本当の兄妹ではないわけで……


「お兄様、私のことをどう思ってるのかはっきりしてください」

「は、離れろ」

「いいえ、はっきりしてくれませんと離れません。なんならこのまま押し倒しても」

「わ、わかった!俺が悪かったよ渚はやっぱり可愛い女の子だから興奮しちゃうから一緒に風呂はダメなんだよ!」


 言いたくはなかったが言ってしまった。

 異性として意識しそうだから、そうならないために避けているという心情はバレバレであっても口にしたくはなかった。


 でも、そんなことを考えている余裕も今はない。

 思いのたけを訴えた後、俺は慌てて部屋に逃げ込んだ。


 ……危なかった。

 あれ以上迫られていたら、俺は理性が飛んで渚を……


「お兄様、お兄様」


 また、部屋の外から渚の声がする。

 ダメだ、もうこれ以上は耐えられない。部屋に入ってきたら、突き飛ばしてでも逃げよう。


 そう思って身構えたが渚は来ない。

 

「渚?」

「お兄様、私のことをきちんと異性として見てくれているのですね。嬉しい、とても嬉しいです。だから今日は私も寝ます。おやすみなさいお兄様」

「あ、ああ。おやすみ」


 助かった、のか?

 

 廊下が静かになったところで俺は部屋の中央でへたり込んだ。


 突き飛ばしてでも、なんて威勢よく思ってみたりもしたが、もし今彼女に裸で迫られでもしたら、俺は多分耐えられなかっただろう。


 実現はしなかった最悪の未来を想像しながら、少し動悸を強めて気分を悪くする。

 少しの間、うつむいたまま呼吸を整えてから俺は、そっと部屋を出て風呂へ向かう。


 今日もなんとか一日無事に終わった。

 体を温めながら、そんな実感をかみしめて天井を見上げた。




 お兄様、私のことを女として見てくれてるのですね……嬉しい。

 やはりお兄様は私の運命の人。だから誰にも渡さない。


 でも、せっかくお兄様とこうして家族になれたところまではよかったのに、まさかお義父さまが兄妹での恋愛を嫌うとは想定外でした。


 ……まずはそこから、ですね。

 この関係を守りながら、お兄様と恋仲になれるように次の手を打たないと、ですね。


 お義父さまが帰ってくるのは月曜日ですね。

 そろそろ頃合いでしょう。

 その時にを相談してみましょうか。


 ふふっ。週明けが楽しみ、です。


 

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