手段その7 行動管理

「ねえ、今日カラオケ行かない?」


 放課後すぐのことだった。

 涼宮が珍しく俺を誘ってくる。


 こいつと遊ぶことはそう珍しい話ではないのだが、だいたい透の呼びかけで涼宮も一緒にくるという展開が多く、今更ながらどうしたんだと俺は目を丸くする。


「なんかストレスでも溜まってんのか?」

「なによ、私が誘ったら変なの?」

「いや、そうじゃないけどさ」


 そうじゃない。そうじゃないけど今誘うのはやめてほしいと思った。


 なぜなら……


「お兄様、お迎えにあがりました」


 そう。渚がいるからだ。

 涼宮と話していると渚は当然の如く教室にやってくる。


 涼宮は渚を見て少し離れる。

 俺は彼女に勇気を出して、遊びに行っていいか、聞いてみることに。


「なあ渚、先に帰ってもらっておくことって、できないよな?」

「理由によっては」

「え、ええと。友達と予定が入りそうでな。その、たまには付き合いってのも大事というか」

「ご友人とのお付き合い、ですか。そうですね……」


 思わぬ反応だ。

 もっと一刀両断に「不要です」とか言われてシャットアウトされるかと思ったが、もしかしたら説明によっては理解を得られるかも?


「ほら、カフェに来てくれてる友達だっているし、そういうのって今後大事になってくると思うからさ」

「まあ、そう言えばそうですね。でも、おかえりは何時頃になりますか?」

「うーん、カラオケだから二時間もすれば帰るよ」

「わかりました。それでは先に帰ってますのでお楽しみくださいね」


 案外、というか予想外にあっさりと渚は理解してくれた。

 そして先に教室を出て帰ろうとする時、一言「信用してますから」と言い残して姿を消した。


「相当あんたのこと好きなのね」

「まあ、なんでかは知らんけど」

「ま、とにかくオッケーもらったんだからいいんでしょ?透も待ってるから行くわよ」

「あ、ああ」


 少し違和感はあった。

 あの渚がこうもあっさり引き下がるなんて、体調でも悪いのかそれとも何かとんでもないことを考えでもしていないかと、不安に襲われもした。


 しかし渚のことを俺は完璧に理解しているわけでもないし、あいつも案外話せばわかってくれるタイプの子なのかもしれない。

 だから余計なことは考えず、楽しんで帰ろう。



「おう、遅かったなハルト」

「ああ、ちょっとな」


 透と合流して三人でカラオケに。

 そこまではよかった、というか普通だった。


 しかし。


「電話だ、ちょっと先に入っててくれ」


 二人を先に行かせて電話をとると渚から。


「お兄様、今どちらに?」

「え、カラオケだけど」

「何時頃お戻りになります?」

「え、ええと今からだと二時間後くらい、だよ」

「二時間後ということは六時二十三分ですね。はい、その時までにご夕食の準備を整えておきますね」

「わ、悪いね」

「それと、女性はいませんよね?やっぱりご友人とはいえ近いところに男女で腰かけるなんて不潔ですもの」

「わ、わかったよ」


 じゃあお前はいいのか、とはやはり聞けない。

 多分渚の言いたいことは「自分以外の女子全員」が俺に近づくのがダメといいたいのだろうから。


 涼宮がいることを話してなくてよかった。


 やれやれと電話を切って部屋に向かうと、透が既に大熱唱。

 それを聴きながら待っている涼宮が、俺の方へ。

 歌声と曲で騒がしいので、近くまで寄ってきて耳元で話しかけてくる。


「透ってさ、顔はいいのに歌だけはイマイチよね」

「まあ、誰にでも欠点くらいないとな。ノリで勝負だって本人は言ってたけど」

「でも、久しぶりだし私もはじけよっかな。何歌う?」

「うーん、最近の流行なら……」


 少し久しぶりとあって、三人で盛り上がった。

 しかし盛り上がってしまったことと、途中で話にも花が咲いてしまったことで携帯なんて見てなくて、ドリンクバーに行った時にふと携帯を手に取ると、衝撃的な光景があった。


「え、着信……87件?」


 見ると何かの拍子でマナーモードになってて気づかなかった。

 にしてもこんな着信……


 開くと全て渚から。

 そしてメールもまた無数に入っていることに気づく。


『お兄様、電話に出られないご事情を教えてください』

『今、どなたと何をされてますか?』

『もう私、心配で仕方ありません』

『カラオケに向かわれたというのは本当ですか?』

『私、今カラオケ店の前にいます』


 最後の一通を見て俺は店を飛び出した。

 

 すると出たところに渚が、とても悲しそうな顔をして立っている。


「お兄様、よかった本当にこちらにいらしたのですね」

「ど、どうしたんだ?二時間後には帰るって」

「ご連絡がないと心配になります。二時間もあれば誰となんだってできますから」

「い、いやだからカラオケだって」

「カラオケルームでも歌を歌うとは限りませんから」

「……」


 このまま連れ戻されそうな勢いで渚が俺に迫ってくる。

 ただ、なんの断りもなしに帰るのは涼宮や透に悪いので、一度部屋に戻らせてくれと頼むと「十分以内でお願いしますね」と釘を刺された。


 急いで部屋に戻ると、二人から「この後どうする?」と訊かれたので、泣く泣く「ちょっと用事だから先に帰る」と告げた。


 すると。


「渚ちゃんでしょ?なによ、許可もらったんじゃないの?」


 涼宮が怒り出す。

 まあ、当然といえば当然。でも、こればかりは俺がコントロールできることじゃないと釈明して、とりあえずの理解をもらった。


「じゃあ、おさき」

「はいはい。でもさ、一回あの子ときちんと話しなよ」

「わかってるって。まあ、家で一人だから寂しいだけだよ」

「そうだといいけどね」


 涼宮の一言に対し、俺もそう思う、とだけ言い残して部屋を出た。

 

 そして入り口で待つ渚の元へ。

 するとすぐに俺の隣にピッタリくっついて、鼻をすんすんと。


「な、なんだよ。汗臭いか?」

「いいえ、お兄様の汗なら喜びこそすれど嫌なことなど微塵もございません」

「そ、そう。なら」

「あれだけ同じ部屋に女性を置かないでとお願いしたのに、女性の方の匂いがします。誰ですか?」

「え、いや、店員さんかな?」

「いいえ、かなり近いところに腰かけてらしたようですね。どなたですか?涼宮さんですか?だとしたら今から私、彼女を」

「ま、待て待て!店員さんと会話する時に聞こえにくいからちょっと近くで話しただけだって」

「そう、ですか。ならいいのですが。お兄様、おうちに帰ったらまずご入浴なさってください。汚らわしい匂いを纏ったまま食卓につかれては私も不快ですので」

「は、はい」


 冗談、ではなさそうだ。

 時々悔しそうに奥歯をかみしめ、人形のように整った顔が時々歪むのを見れば、それがどの程度本気かすぐにわかる。


 それに、落としたコンパスのことも気になる。

 涼宮は友人だし、彼女の身に危険が及ばないようにと、必死に渚の機嫌を取りながら帰路につく。


 

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