手段その6 愛妹弁当

「お兄様、一緒にご昼食はいかがですかー?」

「やめろ透、からかうなよ」


 教室で透のやつが渚のマネをしてからかってくる。

 俺がお兄様と呼ばれていることや、義妹と異様に仲が良いことは昨日の様子を見ただけで学校中の噂になっているそうで。


「おい、お前本当に渚ちゃんと一つ屋根の下で生活してるんだろ?」

「ま、まあ家族だし」

「家族ったって血も繋がってないんだぞ?風呂とか寝る時とかどうすんだよ」

「どうもしないよ。一緒になるのは食事くらいだ」


 実際は勝手に一緒に寝ていたり風呂場に侵入されたりしてるわけだけど、そんな話はする必要もないだろう。

 

 ただ、困ったことになった。

 渚はあまりに目立ちすぎて、既に学内でファンが増えまくっているそうだ。

 そんな彼女がいつも一緒にいるのは俺。だから俺が邪魔でしかたない連中がゴロゴロいると透に訊かされた。


「つーわけでお前、狙われてんぞ」

「物騒すぎだろこの学校。俺はなんもないんだから逆恨みもいいとこだ」

「まあ、中にはお前と渚ちゃんが結婚してるのを隠すために義兄妹を演じてるって噂してるやつもいるくらいだからな」

「ばかばかしい。高校生でそんなことがあるわけないだろ」


 なんとも迷惑な話だ。

 まあ苗字がおなじとあれば当然そんな仮説も立たなくもないだろうが、俺はまだ高校二年生だ。そもそも結婚なんてできやしない。


 いや、結婚できないからこそ渚が俺と家族になるために今の状況を作り上げたとか言ってたな……

 やっぱりあいつ、とんでもない。


 授業が始まると束の間の平和が訪れる。

 普段なら鬱陶しい先生の話も、今はもう少し聞いていたいと思ってしまう。


 だって、授業が終わると……


「お兄様、ごきげんよう」


 渚がやってくる。

 まるでチャイムと同時に一目散に教室を飛び出したかのような速さで俺のいる教室までやってくる。


「あ、渚」

「お兄様、今日の英語の授業はとても難しいものばかりでした。よろしければお家で教えていただけませんか?」

「あ、ああ。俺も英語は得意じゃないけど一年生の範囲なら」

「それでは今日、お部屋にお伺いしますね。ふふっ、さっそく放課後が楽しみです」


 まだ一限目が終わったばかりだというのに、もう放課後のスケジュールが埋まってしまった。


 ただ、そんな俺と渚の関係をよく思っていない連中が多いというのは確かなようで、時々視線を感じるのだけど、だからといってどうしようもなく渚との会話を淡々とこなす。


 そんなこんなであっというまに昼休み。

 

 今日の昼食は渚の作った弁当なので、恥ずかしくて教室の外で食べようとさっさと廊下に出ると、渚が既に廊下でスタンバイしていた。


「な、渚?」

「お兄様、どちらに?」

「え、いや、お弁当食べるからどっか行こうかと」

「教室では何か不都合でも?」

「そ、そうじゃないけど妹に作ってもらったお弁当ってなんか恥ずかしくてさ」


 別に嘘は言ってないつもりだ。

 恥ずかしいというか照れくさいというか、そんな気持ちがあるからこそ人目につかない場所に行こうとおもっていたのだけど。


「お兄様、私のお弁当を見せるのが気まずいお相手がいらっしゃるのですね」

「え?」

「さっきの涼宮という女性ですか?それともまた別に」

「そ、そうじゃないって!照れくさいからってだけで」

「なあんだ。そんなことなら大丈夫です。私のお弁当は誰に見られてもお兄様への愛情がたっぷりだとわかる特別仕様ですから心配いりません」


 だから嫌なんですよ、とは言えなかった。

 渋々教室に戻されると、空いていた俺の前の席に渚が腰かける。


 ジッと、急かすように俺を見るので恐る恐る弁当を開ける。

 なぜか渚以外の視線も多々感じるが、それは男子どもが渚を見る目だろう。


「じゃあ……え、これは」

「お気に召さないですか?」

「い、いや」


 俺もある程度は覚悟していた。

 愛妻弁当(渚は妻ではない、と念は押しておくが)の類、しかも重めの奴を想定していたし、大きなハートマークやキャラ弁みたいなものくらいはイメージの中にあった。

 

 しかしこれは……


「お兄様へのお気持ちを綴ってみましたの。しっかり読んでからお召し上がってくださいね」


 そう。


 ご飯の上に大きなハートマークがあるのだけど、その中にびっしりと、海苔で文章が書かれていた。


 綺麗に型抜かれた文字をびっしりと、ハートが真っ黒になるくらいに文字が並ぶ。

 いったいこの弁当を作るのに何時間かけたのかと思わせるほどに見事な、そして不気味な文字の並んだ弁当に俺は絶句する。


『お兄様、私は自分の作った食事がお兄様の喉を通るたびに興奮して体が燃えるように熱くなってしまいます。もう、どうやってこの気持ちをおさえたらよいかわかりません。お兄様、私はお兄様を愛しています』


 という文章から下はもう読む気がしなかった。

 しかしながらこの異様なラブレター弁当を、他の連中に見られるのはまずいと思い一心不乱に食べ始めた。


「あら、そんなに慌てなくても」

「お、美味しいからだよ。うん、渚の作ったご飯は最高だなあ、あはは」

「よかった。明日はもっと頑張りますので、楽しみにしててください」

「そ、そうだね楽しみにしてるよ」


 喉に詰まらせながら一気に白飯を飲み込む、もはや作業のような食事はこうして終わる。


 

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